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May 29, 2005

第14話 クラブメンタリティ(2)

 彼らは見かけ上の明らかな差をつけられることをとても嫌う。そして既に差がついていることについては、最初から諦めている。この差が激しいのだ。だからこそこれだけの実質上の身分社会が維持されていると言えるのかも知れない。お互いに同じカテゴリに属していると感じているグループの中では、抜け出しはご法度なのである。そこにフィリピン人独特のメンツというメンタリティもある。そうなると会社の中で、人事評価というイベントに対してどのような反応を見せるのか。
 以前登場した元総務部長で当時の技術部M部長の部下に関する評価は顕著であった。仮に評価点が,A,B,C,Dと5段階あったとしよう。当然昇給号俸が評価点によって差がついている。さて人事評価を行った結果、M部長の部下の課長そして係長クラスに対する評価は全員がBであった。昇給原資のこともあり、誰かを上位評価にすれば誰かを落とさざるを得ず、M部長はチームの和を重視して全員を真ん中の評価にしたのである。いくらパフォーマンスが悪くても、特定の部下に平均以下の昇給号俸をもたらせば軋轢が生じるであろう。要するに全員が同じメンタリティに浸っていれば、組織の中での波風は立たないという彼らの気質に基づいた結論を下したわけだ。金に絡んだことについては取敢えず自己主張をしてくるフィリピン人の気質からは、充分に仕事をしていると自負している部下からクレームはつかないのだろうか、と思っていた私には肩透かしであった。マネージャクラスの仕事振りは我々日本人スタッフにも良く見えている。そんなはずは無かろうと、M部長に評価の根拠を尋ねた。
 評価は様々な項目に細分化され、各項目ごとの重要性によってウェイト付けもなされ係数がつけられている。元総務部長のMはその係数を知っていたので、その知識をフル活用して、結果として全員が同じ評価点になるように逆算して評価をつけていたのだ。評価の原本では差をつけているが、計算結果は見事に全員が「評価B」に収まるように評価点をつけたのだ。仕事のパフォーマンスが悪くても協調性などの項目で‘S’評価をつけ帳尻を合わせているのだ。侮ってはならぬ。

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May 27, 2005

第14話 クラブメンタリティ

 私は見たことも試したこともない。蟹は一匹だけバケツに入れておくと、蓋をしなければやがて這い出て行ってしまう。ところが何匹か一緒に入れておくと、1匹も外に逃げ出さないそうだ。どれか1匹が這い上がろうとすると、他の仲間が「おい、自分だけ逃げるのかよ。」と言うか言わないかは知らないが、足を引っ張って引きずりおろすそうだ。本当かな?ま、本当かどうか別にして、フィリピン人の持つ特質としてあらゆるところでこのような現象を見ることは出来る。
 私が直面したもので顕著だったのは、人事評価制度に於いてである。人事評価はご存知の通り、一定期間内の期待値と結果との摺り合わせの通信簿である。当然、以後の給与やその他処遇への影響が控えている。ローカルスタッフの部長クラスは部下の評価をどのようにつけているのだろうか。どのような仕事振りかは課長クラスまでは私でも全社分大体見える。明らかに責任感、遂行能力、管理能力、差があることははっきりしている。ところが、彼らから提出された定時昇給の上昇号俸は全員一律なのだ。これにはカラクリがあったのだが、見事と言うほかない。・・・続く

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May 24, 2005

第12話 フィリピン人の給与(2)

 給与と言えば、フィリピンの人達は基本給のアップもさることながら、とにかく手当の増額を要求してくる。そして、その手当ての種類がまたやたらと多いのだ。中には残業者のおやつ代とか訳の解らないものまである。
 給与の改定時期は毎年、本国の春闘が終わったあと6月に決定していたが、ここでも総務部長の策略に引っかからないように注意しなければならなかった。フィリピン人のメンタリティとして何かをやって他人に恩を売るということは重要なファクターである。そうすれば、集団の中での一種の主従関係が生まれ、集団のボスとして君臨できるからである。これは日本人の彼氏ができた女性が一家のなかで経済的に恩を売ることで、とたんに集団の中での振舞い方がガラッと変わることにも表れている。我が総務部長はここでも存分に影響力を発揮しようとしていた。人件費アップの総原資は既に枠に嵌めてある。さて、どんな給与改定案を出してくるのだろうか。
 賃上げの背景だとか、やたら長い説明文章がついた改定案を彼は差し出し、確認して是非承認して欲しいと言った。英文で10ページ近い提案書を読むのは結構辛かったが、後々影響が大きい案件だから精査するほかない。それにしてもよくこの提案書を出してきたものだと感心してしまった。
 マネージャクラスは全員基本給20%アップ。一般職のアップゼロ。その当時のフィリピン国内のインフレ率は6%程度である。そして、この計算で行くと見事に予算枠には収まっていた。日本人の皆さん、どう思います?要は総務部長は全てのマネージャに恩を売ろうとしたのだ。こんな案件が通るはずなどないが、万が一手違いで通ってしまったら、彼は、仲間内でヒーローになっていただろう。
 それと、細かな記述の中に埋もれるようにして書かれていたことについて、彼は口頭では一切説明を省略した。昼食補助金の増額である。もし、この項目を見落として起案書にサインしていたら・・・ニコニコして愛想はいいが、この総務部長はシタタカだ。油断は出来ないぞ。

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May 19, 2005

第12話 フィリピン人の給与

 フィリピンの会社での給与制度は日本の会社のそれとはかなり異なる。第3話のジョブディスクリプションで紹介したように、どんな仕事をどんなレベルでこなせるのかというマトリクスの中のマスに各人が充てはめられ、それぞれのマスごとに給与ランクが決められている。規模の小さいローカル企業はもう少しいい加減かもしれない。
 さて、フィリピンには各リジョンごとに最低賃金(日給)が定められていて、工場のオペレータクラスは殆んどのケースで、常にこの最低賃金に張り付けられている(それすら守らないローカル企業はかなり多い)。最近ではオペレータは派遣会社のワーカーを受け入れているケースが多いだろうから、作業者は最低賃金以上の収入を得ることは非常に難しい。唯一の収入増の手段は時間外労働くらいだろう。ところが、この国では職位があがるに従って、給与は飛躍的に跳ね上がる。
 日本では新入社員と部長クラスで給与格差はどれくらいだろうか。一部の大手企業を除けば年収ベースでせいぜい3倍から4倍くらいだろう。セブの加工区あたりでは現場のオペレータと部長クラスでは基準内賃金で40倍から50倍くらいの開きがあった(基本的にボーナスはない)。しかも、マネージャクラスになると、外部からの袖の下もかなりのものが加算される。中には自分で別会社を作ってしまい、我田引水するツワモノだっているのだ。
 私が居たときから結構時間が経っているので、現在の相場は定かではないが、4~5年前で係長クラスで1~2万ペソ、課長クラスで3~4万ペソ、部長クラスで8~9万ペソ。要はランクが上がるごとに倍くらいに増えるのだ。それでも優秀で信頼できる管理者や技術者は少ないから、引き抜きはしょっちゅう起きる。特に米系のプリンタメーカーのLが加工区に進出してきた時は、ゴッソリ持っていかれたことを記憶している。

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May 16, 2005

第11話 えー、節電じゃなかったの?

 日本人は昼休みの時間と言えども、仕事の区切りがついてから昼食をとる人が多い。まあ、役所の窓口はそうでもないようですが。サラリーマンやOLでも12時近くになれば、時計に合わせて仕事のペースを調整している人もいるが、フィリピンでは昼休みは見事なまでに12時でピタリと昼休みに移行していた。と、同時に誰かが照明のスイッチはスパッと切る。ついでにエアコンも。
 日本では製造現場はどこの会社でもQC活動は当たり前で、海外の日系企業も例外ではない。管理部門といえどもカイゼン活動は要請される。私は当分の間、12時から13時まで電気を消すのはその考え方からだろうと思い、私の机の上の照明も仕事中であってもその時間は電気を切った。パソコンに向かっているだけなら暗がりでも仕事は出来る。
 それにしても、私のすぐ近くにいる秘書のEとキャッシャーのJは顔の上にハンカチを乗せて居眠りしている。他でも椅子を並べて横になっている者、机にうつぶせになっている者、ことごとく昼寝をしている。私はある時書き物をするために昼休みになっても自分の上の照明を消さずに仕事を続けた。するとどうだろう。隣にいたはずのEとJは少し外れたところに椅子を移動させて、いつものように昼寝を始めた。
 なあんだ、彼らは節電じゃなくて、昼寝の環境整備のために照明を落としていたのだ。クーラーもさすがに寝る時には寒すぎるから切っていたようだ。ムキになるのも大人気ない。ここは郷に入れば郷に従えだ。昼寝も悪くない。以後、食後20分は私にとっても貴重な昼寝の時間となった。しかし習慣は恐ろしい。日本に帰国後も昼食後は睡魔が襲う時期が当分続いた。

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May 15, 2005

第10話 赴任後2ヶ月で腰痛に

 会社の中における上下関係の格差は、日本におけるそれよりも遥かに大きい。例えば椅子の背もたれの高さなど、我々から見ればどうでもよさそうなところに、キチンと差がつけられている。日本では役員にでもなれば別だが、平社員、係長、課長、部長と、椅子や机の違いはそれほどはない。課長になれば肘付イスなるなど、多少の違いはあるものの、大きさが倍になるというようなことはないだろう。私が仕事をしていたオフィスでは、大袈裟なくらいに格差があった。スーパーバイザーから肘付になり、セクションマネージャともなるとクロスの材質がグッと良くなり背もたれが高くなる。デパートメントマネージャクラスでは後ろからは頭が見えないくらいの高さだ。私は更に大き目の革張りの椅子に座っていたから、随分と出世したものだと苦笑してしまったものだ。座面が長すぎてしかも背もたれはかなり傾いているから、普通に机に向かって仕事をしていると、背もたれに背中が当たることはほとんどない。昼寝をするのには格好の椅子だったが、慣れない重役椅子のせいか、赴任して2ヶ月位してから腰痛になってしまった。おかげで朝はベッドから起きるのに三番アイアンを杖にして起き上がるという生活が1~2ヶ月は続いた。
 ところで昼寝と言えば、事務所では60分の昼休みはローカルスタッフのかなり多くは昼寝をするのだが、やがてヘンなことに気がついた。・・・

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May 13, 2005

第9話 免許証の怪

 最近のいくつかのフィリピン関連ブログを見ると、免許証は申請してから数ヶ月で発行されることが多いようだ。数年前と比べると隔世の感がある。
 正式なプラスチックの物が届くまではペラペラの支払済み領収証のような紙がその代用になるところは今も変わらないようだが、その当時もプラスチックの正式な免許証だけでは信用されないことがあるので、ペラペラの紙も捨てないように言われていた。
 さて、そのプラスチックの免許証だが、私の時は申請してから約2年経って届いた。赴任期間中ついに受け取れなかったという者もいるくらいだから、受け取れたことすら幸運だ。ほとんど忘れかけた頃に届いたので、感動してしまったものだ。よく2年も作業が仕掛状態で忘れ去られることなく製品化できるものだ。タイムカプセルから抜け出てきたような免許証である。が、一ヶ月ほどしてから、感動は「ああ、やはりフィリピン」という現実に引き戻された。ある日市内を運転中、走行レーンを間違えた先で運悪く警察官に見つかり、免許証の提示を求められた。 警察官は、免許証は期限切れだと言っている。そんなバカな!つい最近受け取ったばかりの免許証だ。言われて初めて免許証の有効期限を見た。オーマイゴッド!見事にインプットミスではないか。まさか、受け取った時すでに期限切れになっていたとは!
 免許証といえば、U宮氏はフィリピン赴任暦も長く、現地事情にも精通している御仁である。風貌はといえば、タンカラーの人懐っこい表情から、あんたはどう見てもフィリピン人だよ、と皆から言われ、本人もまんざらではない。セブにもマニラにもそしてザンボアンガにも精通している。どこに言ってもすぐに溶け込むタイプで、何歳になっても合コン大好き人間である。その彼の自慢といえば・・・インプットミスにより、免許証の国籍がフィリピノになっていることだ。

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May 12, 2005

第8話 現地化する日本人

 我々の仕事は日本人がやっていることを出来るだけローカライゼーションさせてオペレーションコストを下げることである。ところが、暫くこの国にいると仕事の現地化でなく、本人が現地化してしまうことが多いようである。なぜって?そうすると様々なことが心地良くなってしまうからだ。「慣れれば美味しいクサヤの干物」と言う言葉があるが、フィリピンでの生活はクサヤそのものである。外野席にいる間は眉を潜めて斜に構えて見ている人も慣れるに従い、少しずつ同化の気配を見せ始める。まず始めに着る物に現れる。何を着ても、どんなアンバランスな服装でも咎める者はいない。これは、根が不精な者にはとても好都合だ。要はどんなに気張って表面を飾っても、誰も見向きもしてくれないのだから、そんなことに気を使う必要などそもそも無いのだ。そこにゴルフ焼けが加わり、見た目も現地人になっていく者さえいる。
 Tちゃんは元々色が浅黒かったが、やがてはどこへ行ってもビサヤ語で話しかけられるようになってしまった。ある時、日本人何人かでバンカーボートで離れ小島に行ったとき、島に着いたとたん、子供たちがチップ目当てに我々の荷物を運ぼうとするのだが、どの子供もTちゃんの荷物を運ぼうとはしなかった。そう、彼は日本人とは見てもらえなかったのだ。挙句の果て、近くにいた婆さんからは「アナタ、ドシテ、ニホンゴ、ジョウズ」と誉められてしまった。

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May 10, 2005

第7話 日本人のヘンな英語 (2)

 「このクルマは暑い」と日本語で言えば、誰もが「じゃあ、エアコンでもかけようか」となるだろう。私が赴任して間もない頃、会社の車に一緒に乗っていた同僚は、そのまま英語にしてしまった。
“This car is hot!”
ドライバーは、エンジンの異常でも指摘されたと思ったのか、真剣にキョトンとしている。何しろ彼らは本気で日本人を怒らせたらクビになると思っているから必死だ。怒鳴った本人はさかんにエアコンのスイッチを回すジェスチャーでミラー越しにドライバーに訴えていたから、彼もやっと合点がゆき、エアコンのスイッチに手をかけた。が、その時の彼の表情は笑いを堪えるのに必死であった。
 それと、日本人に多い間違いは、一般動詞文とB動詞文の混同だ。This is a pen とか I am a student の呪縛から逃れられないのだ。「明日は来れます」は日本語では誰も吹き出す人はいないだろうが、“Tomorrow is me come”では理解しろ、と言う方が無理だ。

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May 08, 2005

第7話 日本人のヘンな英語

フィリピンでは英語は公用語として、かなり多くの人たちが理解する。ただし、全員ではない。小学校のある学年から英語の授業があり、ハイスクールを卒業した人なら大体当たり前のように英語を話す。厳密には間違った使い方をしている者もいるようだが、日本人の英語のように、途中で言葉に詰まって止まってしまうことは無いようだ。日本人のヘンな英語でも一生懸命理解しようと聞いてくれるのは有難いが、それでも我々が当然通じると思っていて通じなかったり、明らかに誤解されてしまう例は少なくないようだ。結構多い間違いはひとつは発音。ある日本食レストランでの体験は私が経験したことだ。私は日本酒は夏でも燗にして飲む方である。
“One hot Japanese sake please!”
さて、しばらくしてやってきたのは普通のひや酒である。
“No, I ordered hot one, not cold one!”
私はちょっと不機嫌な顔でそう言ったはずだ。ウェイトレスはすまなそうに徳利を持って帰ったが、忘れられたのかなかなか出てこない。何度か催促して20分位してからやってきたものは、触るまでもなく、キンキンに冷えていることがわかる。
“No! hot one, hot sake!”
今度はキョトンとしている。
 ある日、NHKテレビの英会話の番組を見ていたら、英語では母音の発音が非常に重要で、これを間違えると全く別の単語として受け取られることが多い、と解説していた。まさにこの例だったのだろう。“ホット”という発音ではオの母音でコールドと聞き取られてしまったようだ。現地の人たちの発音はほとんど“ハット”である。彼女は客に最大限のサービスをしようと、何と20分間かけて徳利を冷凍庫に入れておいたのである。
 もうひとつ、ついやってしまいそうなのは、日本語の主語と述語の関係をそのまま英語に置き換えてしまうことだ。これは多くの日本人がついやってしまうのではないか。そんな例のひとつを次回は・・・

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May 02, 2005

第6話 避難訓練

 私が現地に赴任して2週間くらい経ってから、工場火災を想定した避難訓練が行われた。事前に緊急時の組織形態も見ていたので、どんなふうに各自が動くのだろう、と思っていた。日本では会社で行う避難訓練といえば、想定火元を決め、それぞれの任務を負った者がキチンと連携して所期の動作を行えるか、避難者が混乱せずに整然と避難し、全員が素早く所定の場所に集合できるか、ということがポイントである。
 私は、時間に合わせて想定出火場所で様子を見ようと待機していた。さて、9時40分、予定の時刻にアラームが鳴った。ところが現場の作業者たち(ほぼ全員が女子)は一向に動じる気配が無い。後で聞いたらアラームの誤作動が多くてアラームには誰もがなれてしまい、警報が鳴っても皆は気にしていない、という状況だったようだ。現場のスーパーバイザーが、大声で何か言ってからやっと何をすべきかが分かったようで、面倒くさそうに持ち場から離れた。避難路に向かう彼女たちの動きは実にノンビリである。何人かで肩を組みながら楽しそうにお喋りして歩いている者が多く、途中でトイレに寄っていく者や、洗面所で口を濯いだりしている者もいる。私は事前に総務部長に全員集合までの目標時間を聞いていた。T総務部長は、避難時間を特に想定していなかったのか、「6分です」という答えは取って付けた感じだった。
 それでも工場内のグラウンドにだんだんと人が集まってきた。グラウンド集合と聞いていたので、小学校の運動会のように班ごとに整然と並ぶ光景を私は想像していた。ところが、一向に集まる気配がないのだ。暑いせいか、ほとんどの者が敷地を囲んでいる大木の木陰にちらばっている。なかには、ブランコに乗って漕いでいる者までいるのだ。(大体においてブランコが工場の敷地内に何故あるのか、その時初めて不思議に思った)これでは人員数の確認など、日本野鳥の会にでも頼まないと出来るわけがない。
 20分が経ち、一応全員が建物の外に出たと見られる段階で訓練は終了となった。終了後のミーティングで、まずアラームの再点検と素早く所定位置に移動する指導、人員数の確認が必要との結論になったが、件のT部長は、余裕の表情で「本当に火事になったら、誰もが我先に逃げ出すので、6分もかからない。」・・・

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May 01, 2005

第5話 時間の概念(2)

 よく聞く話の中で「彼らが3時に行きます」と言ったら、それは「3時から3時59分までに行きます」と言うことだ、といった類があるが、まあ当たっていると思う。特にパーティの開始時刻や終了時刻などでは、2時間遅れくらいは普通だ。日本人なら「パーティは3時に開始」と言われれば、予定時刻を10分も過ぎて始まれなければ、「遅いなあ、何やってるんだ」という声も漏れてくる。いや、その前に主催者が平身低頭で汗を拭きながら、遅れの理由と見通しについて説明しているはずだ。勿論謝ることも忘れずに。
 しかし勘違いしてはならないことは、「時間にルーズ」というのは必ずしも言い得てないように思うのだ。「ルーズ」と言うのは、そうしなければならない価値観が確立されているのにそうしない、と言うことだ。彼らにとって1分、2分ずれてはならない、という価値観はそもそも薄いのだ。もともとが大体で良いのだ。従って、フィリピン人の待ち合わせでは、彼らが遅れてくることが多いのは事実だが、30分以上早くに来てしまうこともある。
中には、「来ない」というツワモノもまれにあるが、これは時間の概念とは別の話。
 ある時、事務所の中で、そこにいた社員たちの腕時計を見せてもらった。予想通り、正しい時刻をさしている者は居らず、一番進んでいる者と遅れている者とでは時計の針は30分以上違っていた。中には止まったままの者もいた。それでも、定時には一応会社まで出勤してくるのだから不思議だ。

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