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September 30, 2005

第45話 Cebuカントリークラブ

 先日の朝青龍と琴欧州の対戦、本数は数えなかったがすごい懸賞の数だった。土俵の上は人だらけで土俵が随分と小さく狭く見えた。そしてあの土俵の様子を見て、ふとある光景がダブって思い出されるのだ。
 セブ島のゴルフ場は砲台グリーンが多い。何故かは知らない。特にセブカンは砲台が多かった。毎週1回は下手くそながらもプレーさせてもらっていたので、何番がどんなホールだったか今でも良く覚えている。その脳裏に残る画像の中でひときわ印象に残っているのは、グリーンの上にこれでもかと言うくらいに人が多いことだ。セブでは1パーティ5人までプレーできる。そこにキャディがひとりづつ、そしてアンブレラガールがひとりづつ、とくれば計15名となる。グリーンの上で15人もいるゴルフは日本では想像もつかない。もっともプレーヤーとキャディ以外のアンブレラガールは、ゴルフには全く興味はなく、あくびをしながら彼氏や子供のことでも思い浮かべている風である。
 これがドゥマゲティのパンプローナというゴルフ場では,スコアカードをつけるだけが仕事のお兄ちゃんも更についてくる。ヨーロッパではワークシェアリングという価値観が定着しているそうだが、そうか、ここフィリピンは先進国?

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September 28, 2005

第44話 中古車ブローカーの悪行(3)

 このクルマの欠陥はそれだけでは終わらなかった。使い始めて1ヶ月。私は正直メカに弱い。だから、電動ウィンドウの上がったり下がったりのスピードがちょっと遅くなった時も、さして異常とも感じなかった。
 今は廃業となったHというラーメン店でビールと日本酒を飲んだ後、帰路いつものようにハンドルを握っていた(これって飲酒運転かな?)。場所は州庁舎の近く。運転していて最初に気づいたことは、ヘッドライトがいつになく暗いのだ。そしてエアコンも効かないのか、車内が蒸し暑い。どうしたんだろうと思う間もなく、エンジンはその回転を止めた。
 どうした!アクセルを踏んでも反応がない!ちょうど反対車線にシェルのスタンドが見えたのは不幸中の幸いだった。対向車がたまたまなく、そのままスタンドに滑り込ませたときは、もうこれ以上前には進めない状況だった。
 GSのお兄さんたちでは手に負えなかった。彼らは近くの修理工場のテクニシャンを呼んだからもう大丈夫、と私をにわかに安心させた。見ず知らずの者にでも、結果はどうあれ、困っている者の為にこの国の人達は精一杯のことをしてくれる。テクニシャンは最初バッテリーの消耗と見ていたが、いくら充電しても埒が開かなかった。2時間位してからオータネーターの異常ということが分かったが、「これだよ」と見せられたその部品はガリガリに腐食していた。まさか!やつはこれも取り替えていたのか??
因みに、このテクニシャンのおじさん(テクニシャン)に払った報酬は500ペソ(約千円)。

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September 27, 2005

第44話 中古車ブローカーの悪行(2)

「!!」エンジンがかからない!
キーをまわしても、ウンともスンともいわなのだ。様子を見ていた会社のドライバーが飛んできた。彼は素早くボンネットを開け、エンジンルームに頭を突っ込んだ。すぐに彼はバッテリーの異常に気がついた。
「この前見たバッテリーとこれとは違う!」彼はすぐに見抜いた。
さすがにドライバーは隅々まで一昨日よーく見ていたのだ。今取り付けられているバッテリーからは僅かだが液漏れが認められるではないか!
 なるほど、そーゆーことか。私はすぐにRに電話し、すぐに来るように言いつけた。こんな状況でもRはニコニコしながらやってきた。
「何かありましたか?」
「おい、バッテリーを取り替えただろう!」
「何のことですか?」
「このバッテリーを見ろ!ひびが入っていて漏れているじゃないか。最初についていたバッテリーと違うということは分かっているんだ!」
「何のことか、わかりません。何年もこの商売をやっているが、こんなことは始めてだっ!」大げさなジェスチャで肩をすぼめるR。
「あんた以外に誰がやる?あんたじゃなきゃ、オーナーがやったのか!」
 何しろ物凄い剣幕でやり込められ、最後には観念して、マトモなバッテリーを持ってきたのは2時間後だった。その2時間の間にもうひとつのことに気がついた。ラジオのアンテナが根こそぎ抜かれていたのだ。もう言うまい。
 しかも、このクルマについて言えば、まだとんでもないことが待ち受けていたのだ・・・

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September 26, 2005

週刊ココログ・ガイドで紹介されました!

 「フィリピンは三度泣く」がこの度ニフティの週刊ココログ・ガイドで紹介されました。始めて以来5ヶ月、第3者の視点でご紹介を戴けた事、光栄に思いました。色々な出来事を通じてフィリピンを客観的に知って戴くことを願って引続き書き続けることに励まされました。

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September 25, 2005

第44話 中古車ブローカーの悪行

 現地に赴任して数ヶ月経ってから、どうしてもプライベートのクルマが欲しくなり、新聞の“売ります”の欄を見て、あるディーラーに電話をしてみた。「R」と名乗るそのブローカーはその日のうちにニコニコしながらやってきた。
 フィリピンでは日本と違って中古車もなかなかの高値である。年式の経ったものでも値が落ちないのだ。Rが持ってきた何台かの乗用車のうち、3年もののカローラ37万ペソと7年もののギャラン28万ペソが候補となった。カローラは見た目の程度は非常に良かったが、フィリピンでカローラを運転しているとタクシーと間違われてしまいそうだ。そこでちょっと古いが、運転してみたらエンジンのかかりも悪くないし、タイヤもちゃんとしているようなので、ギャランに決めた。会社の社有車のドライバーもエンジンルームの中を点検してくれていた。どうやら問題はなさそうだ。エンジンオイルはかなり消耗していたようなので、交換してもらうことにして2日後に持ってきてもらうことになった。
 さて、2日経ち、その日がやってきた。丁度昼休みのときにRはクルマを持ってきた。相変わらず愛想よく、言われたとおりにオイルを交換してあると、ボンネットを開けて、このとおりと言わんばかりに見せた。しかもクルマはピカピカに磨いてある。キャッシュで28万ペソを受け取ると、Rは意気揚々と引き揚げていった。
 さて、その日の仕事も終わり、マイカーで帰宅しようとキーをまわした。
「!!」エンジンがかからない!

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September 22, 2005

第43話 床屋さん

 時々コメントを戴いている鈴音さんのブログでオカマちゃんのことについて記事があった。そういえばフィリピンではこの手合いは非常に多いと言われているが、代表的なところで目につくのは床屋さんであろう。
 日本では女性理容師も時おり見かけるが、フィリピンでは私は全く見かけなかった。フィリピンの床屋も日本のそれもやることは基本的に変わらない。どうしたいか?と聞いてくるから、「Just trimming please.」と言えば作業は始まる。私は髭は濃い方なので髭剃りは頼まない。あんな鋼のようなナイフでやられたら折角の男前?が顔面血だらけになりそうなことを危惧していたからである。
 さて、いつものように散髪が終わると、マッサージが始まる。肩と腕と指を充分に揉んでくれる。彼らのマッサージはなかなか心地良いが、ここが注意のしどころだ。目の前に大きな鏡がある。彼らは鏡越しにどうですか?と聞いてくる。目つきがやはりオカマっぽい。何やら誘われているようなふうにも見えなもくない。私はこのタイミングでは絶対に目を合わさないように心がけていた。ちょっと考えすぎだったかな?〆て70ペソ。安いローカルの人達が行く床屋は20ペソくらいから。

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September 21, 2005

ローカルビーフ(3)

 フィリピンの人達は人と差別されることには猛然と反発する。彼女たちはウェイターを呼んで猛烈に抗議をしている。ウェイターは、自分には何のことかわからないと、防戦一方だ。やがて男性の一人が厨房に入りこみ、責任者らしき人物を連れ出してきた。
「なぜ、彼女たちのステーキはローカルビーフなのだ!」
「いや、ローカルビーフじゃない。ウェルダンにしたらちょっと焼きすぎた・・・」
「じゃあ、お前これを食べてみろ!」
一人がフォークにさした肉片を突き出す。
「実はニュージーランドビーフがたまたま品切れで、彼女たちのはオーストラリアビーフなんだ・・・」
さすがフィリピン人。言い訳の材料なら泉のように湧いてくる。
「オーナーを出せ!」
「彼はいまカナダに行っているからここにはいない・・・」
「金は払わないぞ!」
暫く押し問答が続いたが、どうやらローカルビーフのプライスで6人分を払うということで男性たちが押し切った。
 なかなか面白い光景で楽しめたが、我々のステーキも冷めてすっかり硬くなったしまった。

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September 20, 2005

第42話 ローカルビーフ(2)

 この店のステーキは褒めるほどのことはないが、まあ、インポートだけあって、ローカルビーフのステーキよりはイケる。文句をつけるほどのことはない。我々もどうしても隣のテーブルは気になり、時おり視線がそちらに流れる。そうこうしているうちに、異変に気がついた。気がついたのは隣の3人の男性のひとり。
「おい、こいつらナイフの使い方、知らねえのかなあ。」
見ると女性たちはキッコロキッコロナイフを動かすが、ちっとも切れない。
「貸してみな、俺が切ってやっから。」
男性は女性からナイフを取り上げると、右手で切り始めた。
「硬てえ~、この肉、違うんじゃねえのか?」
やっと切った肉を一口ほおばるが、なかなか噛めない。
「おい、こりゃローカルビーフじゃねえのか?」
あとの二人もどれどれと一口試している。
「絶対これはインポートじゃねえな。フィリピン人にはインポートビーフかどうか、どうせわからないから、こいつらの分だけローカル出したんだぜ。きっと。」
ことの次第が飲み込めた彼女たちも、完全にファイティングポーズだ。さてどうする?

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September 18, 2005

第42話 ローカルビーフ

 先日アフリカのギニアの方と食べ物の話をしていたら、牛肉の話になった。ギニアは西アフリカにあって、イスラム教の人達が大半である。従って豚肉は食べないが豚そのものはたくさんいて、処分に困っているくらいだそうだ。それでいて食料は不足気味というから、なかなか世の中うまくいかないものだ。そこで牛肉であるが、餌が良くないのか、運動しすぎるのか、とにかく硬くて美味しくない、といっていた。そうなれば、思い出すのがフィリピンの牛肉だ。
あるとき、ドゥマゲティでこの町で唯1軒といわれるステーキハウスに入った。我々はパンプローナという近郊のゴルフ場でプレーした帰りである。海岸べりの通りにある店で夕景を眺めながら、ちょっと高めだがインポート(fromニュージーランドとメニュウには書かれてあった)のステーキとサンミゲルの組み合わせで喉を潤していた。輸入ビーフは国産ビーフの倍くらいの値段になっている。
 やがてそこに男女夫々3人づつというカップル達が店に入ってきた。男性たちが日本人であることはおかしいくらい即座にわかる。彼らもメニュウをじっと眺めていたが、やがてこちらをちらりと見やり、メニュウを指差しながら我々と同じインポートのステーキを6つ注文した。せっかちな彼らが2~3回督促すると、やがて男性の分3つのステーキだけが運ばれてきた。女性の分は、ウェルダンで焼いてるからちょっと待ってくれ、とウェイターは言ってるようだった。
 やがて、女性のステーキも運ばれ、隣のテーブルもめでたくディナーが始まったのだが・・・

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September 16, 2005

第41話 中国のイミグレ(3)

 やれやれ、と思ったのもつかの間・・・
さて、と振り向いた時にはすでに両腕を掴まれていた。5人くらいの警察官?らしき者たちが私を取り囲んでいる。例の緑色の制服の連中だ。目つきは険しくかなり真剣だ。さっきのイミグレの係官とは違って、今度は英語は全く通じない。中国語で機関銃のように捲くし立てて来る。掴まれた両腕を振りほどこうとしてもそんなヤワな連中ではなかった。
 中国語は私もさっぱりで、何を言っているのか解らなかったが、彼らは先ほどまで自分が立っていたところと、イミグレのボックスとを盛んに指差している。どうやら推察すると、一度イミグレを通過した者が何故ここに戻ってきたのだ、と言うことではないか?私は持っていた会社のカタログを見せ、その中に記載されている中国の現地会社の写真や所在地を指差し示し、身振り手振りで自分もここの者だ、訴えたが目つきは未だ疑っている。言葉がわからないところで、当局にこのまま拉致されてしまうのではないかと、次第に不安が膨らんでゆく。その時、もしやと思い、財布の中を見たら親会社での自分の名刺があった。これは社名も漢字だ。カタログの漢字の社名と持っていた漢字の社名が一致していることは彼らでもわかる。
 ようやく彼らの表情が緩みフレンドリーになった。
 今にして思えば、あのまま連行されて2~3日収容されても悪くなかったかもしれない。そうすれば、この記事ももっと充実したものになったことは間違いない。

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September 15, 2005

第41話 中国のイミグレ(2)

 シェンツェンの旅客ターミナルは素っ気無いほどシンプルだった。約20名の女性達を連れて私が先頭で通過。やはり日本のパスポートは信頼性があるのか、ほとんど何も聞かれることがなかった。後ろから来るフィリピーナたちは何かを聞かれているようだ。実は想定される質問に対してはフィリピンを出る前に、問答の練習をしておいた。ぎこちない表情で、時間はかかるが、一人二人と通過して出てくる。一様にほっとした表情だ。最後に少し背が高い女性が通れば、全員無事通過だ。
 しかし、どうも雰囲気が変だ。担当官は隣の窓口を指差しながら盛んに捲くし立てているが、彼女も言われたことに理解が出来ないといった表情である。これでは埒が開きそうにないので、私は戻って名刺と身分証明書を提示して担当官に尋ねた。
「すみません。彼女に何か問題がありますか。」
「彼女は中国人だろう?なぜフィリピンのパスポートを持っているのだ。中国人が並ぶ列はあっちだ。」
改めて良く見れば、彼女は色白で日本人のような風貌でもある。
「いえ、彼女はフィリピン人です。中国の新しい工場で技術指導させるために来ました。彼女は全体のリーダーです(これは嘘)。」
ふうん、と言った感じでどうにか通してくれた。
 やれやれ、と思ったのもつかの間・・・

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September 14, 2005

第41話 中国のイミグレ

 前編ではU宮氏の成田での逸話であった。私は見たわけではないが、さもありなん、彼の風貌からは。
 イミグレでは多くの人達が様々な思い出を持っているだろう。私のイミグレタイヘン談は中国、シェンツェンでの出来事に尽きる。U宮氏と同じようにその時私はフィリピンの工場ラインリーダー達20名ほど(殆どは女性)を連れて、香港経由フェリーでシェンツェンに向かい、中国本土にあるシスターカンパニーに向かう途中だった。彼女たちは製造技術を伝授する指導者たちであった。(彼女達だって行くところに行けば指導者になる!)
 香港からシェンツェンに向かうには幾つかのルートがあったが、鉄道での越境は当時非常にアブナイと言われていたので避けた。国境の駅ローフーでは、尻に毒針を刺して後をつけてゆき、毒針の効き目が表われてパッタリと倒れたところで身包み剥いで持って行く、そんな窃盗団が大勢いると聞かされていたのだ。針を刺されたときは何も感じないらしい。そして2時間くらいして、突然パッタリと倒れ死んでしまう、と聞かされた。本当かどうか知らないが、さすが中国4千年の歴史。お尻を刺された時は全く痛みを感じないそうだ。窃盗団にまで脈々とこの技が。臆病者の私を震え上がらせるのに充分な話だ。
 ということで、香港からのフェリーに乗り込んだ次第である。フェリーの中でも小心者の私は、お尻に何か刺されないかと、キョロキョロと何度も後ろを振り向いた。しかし、本当の難関は、この後に控えていたのだ・・・

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September 13, 2005

第40話 フィリピン人ぽい日本人

 フィリピン人は日本国内では残念ながら今ひとつ信用されていない。では、フィリピン人によく似た日本人の場合はどうだろうか。このストーリーは仔細に関する信憑性という意味では3割引くらいで読んで欲しい。

U宮氏は研修生を連れて洋々と久しぶりの帰国。成田で入国審査の際、引率メンバーに対し彼は
「いいか、オレと同じようにやればいいから。」
とお手本として先頭でU宮氏がパスポートを提示。すると・・・、どーしたことが彼は腕を掴まれ空港内officeに連行されてしまい、研修生のメンバー達は突然の出来事に唖然としたまま取り残されてしまった。
「なんでオマエは日本のパスポートを持っているんだ?」
審査官はU宮氏をその風貌からフィリピン人グループのリーダーと失礼にも見誤ってしまったのだ。なんせ、研修生グループにはうら若き女性オペレーターも複数いたことから、余計な疑惑がU宮氏への見誤りに拍車をかけてしまったのだろう。

申し訳ないが、彼の風貌からは、間違えて連行した空港係官への同情を禁じえない。

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September 10, 2005

第39話 道路の渡り方

 ジプニーのついでに、気がついたこと。道路の渡り方。これは我々日本人には真似できない。どこでも人々は横断してくるのだ。それも全体としての交通量の切れ目を見計らって渡るのでなく、行ける所まで渡る。4車線の道路なら目の前のクルマの流れが切れたら最初の車線まで行く。そんなことを4回繰り返して向こう岸まで辿り着くというわけだ。運転手もそういった歩行者は想定内だからソコソコ用心しながら走るので、心配するほどには事故はないようだ。幸い、セブ市内ではマクタン第2ブリッジ辺りの道路を除けばそんなにスピードを出せる道路もない。
 驚いたのは、フィリピン人の研修生たちが日本に来て、首都圏の1級国道でも平気でやっていたことだ。時速80キロくらいでビュンビュン飛ばしている宵の首都圏の1級国道でこのフィリピンスタイルをやっていた。彼女たちは数人で肩を組んで“ダルマサンが転んだ“のように小刻みに前進してゆく。そしてどうにか道路を渡り切った。何事も起きなかったことが不思議なくらいだ。国内の4車線の道路でも、センターラインなら稀にライン上に立っている人を見かけるが、交通量の激しい国道で、走行車線と追い越し車線の境の白線上に立っている人は普通はいないだろう。やってみろ、と言われても臆病者の私にはとても出来ない。

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September 08, 2005

第38話 ジプニー(3)

 フィリピンで運転していてムカつくものの代表格がジプニーの運転マナーだ。彼らには車線という概念がそもそも存在しない。グラウンドを走っているようなもので、スペースがあればどこを走っても構わないと思っている。記憶ではウィンカーを点滅するジプニーなど見たことがない(タクシーの場合、たまにウィンカーを出すクルマがある)。ウィンカーの代わりと言っては何だが、荷台の後ろにへばりついているマネーコレクターが手や足を無作法に投げ出して、後ろのクルマに合図する。中には曲乗りのようなパフォーマンスで足を投げ出す輩もいる。jeep-a
どんな悪人面した連中かと思い、近づいて見ると、そこにあるのはやはり陽気なフィリピン人の表情だ。
 ところで、ジプニーの運転手ってみんな水色のシャツを着ていた。地元の人に聞いたら、運転手のシャツの色が水色なのは、法律でそう決まっているからだそうな。何でだろう?

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September 05, 2005

第38話 ジプニー(2:御萩のジプニー)

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 さすがにセブ市内ではこのような光景は見られない。レイテ島オルモックから荒れ果てた山道を登ること30分あまり。我々のレンタカーの遥か前方にモゴモゴと動きながら車道を移動している物体が見えた。何なんだ?やがて追いつくとどうやらジプニーらしい。“らしい”というのは車体が全く見えないから。屋根の上には勿論、車体の横に人がへばりついてぶら下がっている。中身が見えない御萩のようだ。追い越す時にぶら下がっていたアンコ役の乗客が笑顔で手を振っていたのが印象的だった。
 ところで、何でこんなところまで来たのかというと、オルモックのホテルで近くの山中に温泉があると聞き、物好きな我々はレンタカーを雇ってデコボコ道を登っていったのであった。白い湯気のような煙を噴出しているところは確かにあったが、期待していたような温泉はついに見つからなかった。(写真提供:G♂氏)

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September 03, 2005

第38話 ジプニー

 朝の通勤ラッシュのセブとマクタンを結ぶ第1ブリッヂの上り坂。おいおい、ジプニーがバックしてくるぞ!私のドライバーは器用に除けて追い越してゆく。中には乗客が全員降りて橋の頂上まで歩いているジプニーも。バックしてきたジプニーは助走をつけて再チャレンジ!日本でバスが同じことをやったらどんなことになるか。想像するだけでも楽しい。
 セブでのジプニーの乗り方とかは様々なところで紹介されているし、私は正直言ってセブでの3年間でジプニーに乗ったのはたったの2回、詳しいことはわからない。が、しかし、自分で市内を運転していると安全の為にはジプニーの存在は無視できない。しかも時々信じられないことが起きる。
 セブとマクタンを結ぶ第1ブリッジは新しい第2ブリッジに比べて上り坂がちょっとだけきつい。乗客を乗せすぎてこの坂道を登れないジプニーが結構多いのだ。特に朝は乗客が多く、ジプニーも掻き入れ時。定員もヘッタクレもないこの国では、ガンガン載せる。目の前にそんなジプニーが走っていたら、まあ何が起きるか分かったものではない。

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September 01, 2005

第37話 マレーシアのお風呂屋さん

 「フィリピンは三度泣く」マレーシア支局のU宮氏からちょっと変わった話が届いたので、ご紹介まで。氏は以前にもこのブログでご登場願ったのだが、今はボルネオ島の小さな町の日系企業駐在員だ。内容は私が経験したわけではないが、信頼できる情報と確信。

 先日この小さな町でも風呂屋さん見つけました。(シャワー室程度ですが) 散髪をしたいと思い、中華街に行ったところガラス張りのオープンな散髪屋さんもありましたが、同じ一角に『男性美髪院(Hair & Beauty Saloon)』と大きな看板が目に付き薄暗い階段を2階に上がりました。なんとなく怪しげかな?とも思いながらガラス製のドアを開けると、散髪用の専用椅子が3台、薄暗いのですが綺麗に掃除されており店番のおばちゃんが出てきました。『散髪してください。』というと『散髪はやってないけどマッサージはいかがですか?』という返事。やばそうだなーと直感!
 帰ろうとすると3人ほど女性が現れ『グッドマッサージよ!私にする?彼女でも良いわよ。』『いくら?45分で1800円(60リンギット)なり』・・・。別室に案内されちゃんとしたマッサージ、終わる間近に特別サービスのご案内・・・。という具合でした。よく肥えたおばさん(熊みたいと表現しますが)から誘われても・・・。もう少しカワイ子ちゃんだったらすぐにOKだったのですが・・・。やっぱりだめかな!!!???。中国や香港にある『黄色い看板の散髪屋さん』と同じでした。中国系マレーシア人が人口の25%を占めるため同じような文化なのかなと思います。
 本当の散髪屋さんでの料金↓
散髪 210円(7リンギット)、洗髪と髭剃りもお願いして15リンギットというところです。赴任当初はヘアーカットコンテストでの優勝者がカットしてくれる美容院に行きましたがシャンプーセットで50リンギットしました。

 不埒な生活を夢見ているのに、願いが叶えられない、と嘆いているU宮氏である。

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