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October 30, 2005

第58話 ニワトリ君ゴメンね

 赴任中、始めの1年間滞在していたドミトリーでのこと。ある時から近くでニワトリの鳴き声が耳につくようになった。ビレッジの周囲には庶民の生活があるのだから、以前から毎朝大合唱は聞きなれていたが、随分と近くで聞こえるのだ。気になりだしてから1週間ほどしてその泣き声は一段と大きくなり、夜明け前からうるさくて寝ていられない。下を見たら(私は2階にいた)いつの間にかそこでニワトリが囲われていた。メイド達(3人いた)がニワトリを1羽飼い始めたのだ。
 メイドに尋ねたら、それまで建物の反対側で飼っていたが、同じくドミトリーの同僚で私の部屋の反対側のN氏(その時は彼の部屋の下でニワトリを飼っていた)からうるさいとクレームがあったので、建物の反対側(今度はちょうど私の部屋の下)に囲いを移したと言う。彼がうるさいと感じるのだから、私にとってもうるさい、と伝えたら、申し訳なさそうな残念そうな、複雑な表情をしていた。
 翌日から、夜明け前にニワトリに起こされることはなくなった。どこかに連れて行ったか、売り払ったのだろう。売るとすれば、1羽がいったいいくらで売れるものなのか気になったので、数日ほどしてからメイドのLに尋ねた。
「あのニワトリは誰かに売ったのか?」
「あー、あれなら昨日の晩御飯であなたも食べたでしょ。」
ゲッ、確かにうるさく迷惑なニワトリだったが、食べてしまいたいほど憎んだわけではない。ニワトリ君の死刑宣告をしてしまったということか。

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October 29, 2005

第57話 日本人に騙される日本人

 セブは観光地である。最近では韓国からの旅行者の方が幅を利かせている感があるが、日本からの旅行者もまだまだ多い。日程はほとんどが3泊ないし4泊で組まれている。日本人でもやや中高年に属する方々は英語が苦手な方も多く、観光案内はツアーガイドに頼ることが多い。しかも日本語が微細に通じる日本人が当然のことながら頼られる。次の光景は実際にセブにあるラーメン店(現在は廃業している)で見たものだ。
「皆さん、ここはラーメンと餃子が美味しいとセブでも評判の店なんですよ。皆さん、ラーメンと餃子でいいですか?」
5~6人くらいいた日本人のツーリストは言われるままに、
「じゃあ、それで。」
その間、ツーリストはメニュウを見せてもらっていない。暫くして食事が終わってから、「どうですか?日本で食べるラーメンと殆ど変わらないでしょう?餃子もここのはセブで一番美味しいんですよ。さてお勘定ですが、端数はサービスして削ってもらったので、ひとり500ペソです。」
 私はラーメンをすすりながら、目はガイド氏の方に行ってしまった。ガイド氏はチラッとこちらを見たがその目が何を訴えているのか、何となく分かった。因みに普通に支払えば270ペソのはずであるが、旅行者たちは500ペソがどういう価値か即座に見極めがつかないのか、言われるままに支払っている。
 ガイド料が薄給なのかも知れない。しかし、彼らには生活の糧は日本人の懐をアテにするしかないのだろう。夜の世界では日本人の金銭感覚は輪をかけて麻痺する。一人800ペソくらいのカラオケで日本人ガイドの言うままに3倍以上の支払いをしている光景を見たこともある。

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October 28, 2005

第56話 DNA無き、みてくれフィリピン人

『フィリピンで生まれて直ぐに日本人の父親が・・・。』というストーリーのG♂氏編である。
僕も夜のクラブ活動においてのみ「ここは!」という時にその“術”を使っていました。この高度な“術”をかわした者はいませんでしたね。“術”の効果は素晴らしく、彼女たちの心の優しさ(情け?)を引き起こし親近感がグッと高まったものでした。そして頃合いを見て“術”を解くと、あまりもの巧妙な“術”にまたまた場が盛り上がるという相乗効果を得ていました。この“術”を修得するには、少なくとも現地人っぽい風貌の持ち主であることが必要条件であり、誰もが使えるわけではありません。僕の場合は・・・
いったい何度、フィリピン人に間違われたことでしょうか。
・現地の工場に○○電工様が2名来社され、僕が応接室に入室の時のこと。
 「こんにちは。お世話になります。」と笑顔で挨拶する僕。
 すると、○○電工様が
 「日本語、すごくお上手ですね。」と。
 「あのー、わたくし日本人でございます。」
 「あっ、これは、大変失礼致しました!」
 ○○電工様2名、ご起立されて頭を下げられたのでした。
・同じく日本に出張時、とある町でバイキング式カラオケ・パブへ会社仲間と行ったときステージでEnglish songsをメインに歌いきっての帰り際、店のママが
 「日本の歌もよくご存知なんですね。」
仲間連中、ママのその言葉にみょーに納得。
と、不埒な日本人を演じるに十分な必要条件は整っていたようです。

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October 26, 2005

第55話 不埒な日本人たち

 このブログに度々登場するU宮氏は運転免許証の国籍に“フィリピノ”と記載されているだけあって、外見はフィリピン人で通用する風貌だ(目は二重ではないが)。彼は悪戯心も十分で、フィリピン人になりすまして、相手の反応を楽しむという趣味を持っていた。彼によると・・・
○○会社の現地工場設立当初にトレーニングセンターと称して加工区の賃貸工場で生産を始めた時期に、すぐ隣の“C”という会社の従業員から『○○会社には日本語をパーフェクトに話す現地人スタッフがいる。』という噂が広まり、僕は『そんなやついないよな?』と思っていたが、それが自分のことだと聞いたときにはびっくりして、そして何故か嬉しくなった思い出がある。
 それ以来僕は『生まれはフィリピンですが、学校を卒業するまで日本で育ちました。英語は少し不得意ですが、日本語は問題ありません。』ということにしていたのだ。そして名刺を差出すと日本人の名前なので、そこで初めて本当のことを伝えるようにしていた。相手が怪訝な顔をしたり、安心したりする表情の変化は見ていて楽しかった。
 もちろん夜のクラブ活動ではおなじみの『フィリピンで生まれて直ぐに日本人の父親が・・・。』というストーリーだ。彼女たちの困惑した表情を見て楽しむための他愛ない戯言である。

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October 24, 2005

第54話 シュウティングレンジ

 マクタンのリゾートホテルでは射撃を出来るエリアを設けているところが多い。この辺りでは当時は確か5発で600ペソくらいだったと思う。今でもあるかどうか分からないが、マクタン島内プソックのあたりに地下壕のシュウティングレンジがあった。内部の壁は全て土で固められているが、弾丸の跡で穴だらけである。ここへは現地の人材派遣会社のA社長と何度か連れだって行った。
「How about firing tomorrow?」とお誘いが来る。A氏は家族思いの優しい人柄だが、なぜか射撃が大好きなのだ。勿論、家には火器は持っていない(と思う)。
 さて、射撃は私はそれまで全くやったことがない。どうやってタマを詰めるとか、どのように構えるとか、A氏から手取り足取り教えてもらった。最初は5メートルくらい先の目印を目掛けて撃つ。撃つ時に筒先が上に上がらないように脇を固めた。5メートル位なら、呼吸を沈めれば40センチ四方位の的を外すことはなかった。店番の青年は今度はやたら銃身の長いやつを持ってきた。そして的を10メートルに遠ざけた。これくらいのモノになると、さすがに威力が違う。地下壕は密閉されているので、筒先から火を噴いた瞬間に気圧が上がるのか、体全体、特に頭が圧迫されるように感じる。ツボを心得てしまった私のタマは10メートル先の的にも70%くらいの確率で命中した。次第に危険な武器を操っているという神経は麻痺し、快調に的に穴を開けてゆく。
 店番の青年はすっかり感心し、どれくらいの経験があるのか?と聞いてきた。すっかり悦に入ってしまっていた私は、ニヤリと一言。
「アイム、ア、メンバー、オブ、アブサヤフ」。
店番君は目をパチクリ。ちょっとこのジョークはキツ過ぎたかもしれない。因みに料金は50発で2500ペソ位だったと記憶している。

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October 22, 2005

第53話 ヘンなボウリング

 ゴルフやマリンスポーツを除けば娯楽が少ないセブでは、ボウリングは比較的安く楽しめる娯楽のひとつだろう。滞在中、休日にやることがなければ私も結構出かけたほうだ。基本的なルールは日本のそれと同じであるが、マナーに関して言えば相当異にする。
 料金のシステムは時間制だから、投げなきゃ損損、とばかりにバンバン投げてくる。ピンがスタンバイしたらすぐに投げるのだ。その為に日本では見かけない光景を目にすることとなる。
 まずは、ボウルは一人で3つも4つも使う。そうすれば投げた後で、投げたボウルが戻るのを待つ必要がないからだ。その為、ボウルが戻ってくる台の上はおびただしい数のボウルがひしめき合っている。
 それと、隣を気にすることなくどんどん投げる。隣を気にして待っていると、どんどん時間が経ってしまうからだ。そのため、1球1球を集中して投げようと構えていると、いつも隣からチョロチョロ走り出す輩に妨害される羽目になる。極めてマイペースで他人のことはお構いなし。こちらも所詮暇つぶしでやっているとはいえ、終いにはイライラしてくる。
 ボウリングのスタイルを見ていると、この国の人達のDNAが端的に見える、と言えなくもない。なお、フィリピンでのボウリング事情はdragonflyさんのブログが詳しい。

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October 21, 2005

第52話 トイレブラザース(2)

 さて、チップである。10ペソづつやろうかと思ったが、あいにく人数分の持合せははなかった。20ペソも50ペソも見当たらず、ちょっと高額だが100ペソ出して、「5人で分けろ」と言ったら、「自分たちは全く金を持っていないから、シェアできない」と言って受け取らない。これでは強行突破しかない。無視して出ようとしたら「OK,OK,we will share.」だと。一人20ペソでも出しすぎと思ったが、こんなところで揉める気にもならない。
 この時以来、トイレに入る前には細かい金を用意して入るようにしたものだ。ところが、あるとき同じ場所で白人男性が同様な“サービス”を受けているのを見た。“充分な”サービスが終わり、彼が出る間際に出したのはなんと5ペソコイン1枚だけ。件のトイレブラザースは盛んにクビを振って、「No, one doller !」とコンプレイン。すると、この白人男性は厳しい表情で渡した5ペソすらも取り上げ、睨みつけて出て行った。
 なるほど・・・。どうやら、我々日本人は彼らを随分と甘やかし、相場を上げてしまっていたのかも知れない。金さえやってしまえば、面倒さから開放されるという安易なDNAを自らも認識してしまったのだった。

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October 20, 2005

第52話 トイレブラザース

 チップの話題でもうひとつ思い出した。
 マクタンの空港では朝は6時過ぎから日本に向かう乗客でごった返している。待ち時間は結構あるし、朝のこの時間帯はどうしても催してくる人も多いため、待合室のトイレは結構繁盛している。ここ数年は見かけなくなったが、5~6年前までは確かに彼らはいた。彼らというのはトイレのチップで稼ぐ“トイレブラザース”だ。
 まず、トイレに入る。待ってましたとばかりに5人位のジャニターが突如現れる。“大”の方に入ろうとすると、トイレットペーパーを持った男が先回りして、便器をあっという間に磨き上げ、「さあ、どうぞ」となる。用を足した後でどんなことが待ち受けているかは大体想像できるから、そんな状況では出るモノだって出やしない。“小”の場合は、その最中にいつの間にか一人の男が後ろから肩のマッサージを始める。「オー、イカウ、カポイカポイナァ~」
 さて、事が終わり手を洗おうとすると、今度は3人くらいで責めてくる。一人が勢いよく水道の蛇口を回す。別の一人は液体石鹸のノズルをこちらに向け、私の手を目掛けてピュッピュッと飛ばしてくる。よほど慣れていると見えて、ちゃんと手に命中するのだ。もう一人はタオル代わりにトイレットペーパーをグルグル巻きにして構えている。トイレブラザースは見事な連携プレーを演じていた・・・さてと、チップ・・・
〈注〉 イカウ、カポイカポイ : You are tired.

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October 19, 2005

第51話 チップ

 この国を旅行した人は、どんなところでいくらぐらいのチップを支払っているのだろうか。以前は10ペソという便利な紙幣があったが、それがない今、ホテルでのちょっとしたサービスも20ペソに切りあがってしまったのだろうか。路上駐車を誘導し、見張りをする少年たちのチップは2ペソとか3ペソだった。店の前のガードマンに頼んで車をUターンさせるためには5ペソくらいだった。最近の相場は正直よく分からない。 ところで、チップと言えば時々不愉快な思いをさせられるが、その最たるものは・・・
 日本人が細かい金や汚い紙幣の場合は受け取らずに帰ると経験的に知っているのか、コインだらけの釣銭を出されたことがあるし、つり銭600ペソ分を全てクシャクシャの20ペソ紙幣でよこされたこともあった。ひとつには従業員のチップを強制的に要求している、と解釈したので、このような場合は、ズボンのポケットがどれだけ重くなろうとも、1ペソ残らず私は釣銭を持ち帰った。(よってチップはゼロである)
 まあ、それでもロシアあたりのホテルでは、そもそも釣銭よこさなかった処もあったし、地球規模の見地ではまだまだマシなのかも。

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October 17, 2005

第50話 父ちゃん、仕事して!(2)

「お父さんは、今どうしてるんだい。」
「お父さんなら、家にいる。」
「仕事は?」
「私がここで働き始めたら、お父さんは仕事をやめた。」
「ジプニーは?」
「ジプニーはまだウチにある。」
「お父さんは病気なの?」
「いや、元気にしている。」
「そうか、じゃあ、お父さんがジプニーを運転すれば、弟の学費くらい出るじゃないか。」
「でも、私はお父さんにそんなことはいえない。」
「キミのお父さんがまずは働くことが先ではないかな。そうでないと、私がお金を貸すことはできない。」
「・・・・・・」
娘や息子が働き始めた途端に仕事をやめてしまう父親は少なくないそうだ。勿論、全てのフィリピンの男たちがそうだ、と言うわけではないが、50歳を過ぎるとリタイアを考える人は多いらしい。会社で割増をつけて早期退職を募ったときには、ある52歳のマネージャは真っ先に応じてきたものだ。フィリピン人の平均寿命が65歳あたりだから、家族の経済状況にある程度余裕があれば、仕方ないのかも。

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October 15, 2005

第50話 父ちゃん、仕事して!

 私達は毎朝7時に住居を出て、大体7時20分過ぎくらいに会社に到着していた。この時間帯は地元の人達にとっても出勤のラッシュアワーだ。毎朝、何気なく窓の外を眺めていたが、よく見かけるのは旦那が奥さんをオートバイの後ろに乗せて、我々と同じく、加工区に向かう姿。そう、フィリピンでは男はプラプラと昼間から安酒とビリヤード、女房は身を粉にして働く。フィリピンの女性は仕事の能力も高い。それに比べて…。
 ところで、私がいた会社では、来客や日本人スタッフの面倒見だけが仕事のCという娘がいた。年齢は20台前半だが、小柄で気立てが良く、しかもスペイン系と思われるなかなかの美貌で日本人からは随分と可愛がられていた。彼女を管理する立場は私にあったからかどうか知らないが、彼女は私にいろいろと相談事を持ち込んできた。身分や給与の話は想定内で、それなりの対処が出来るが、あるとき、うつむき加減に「I have a probrem」と切り出してきた。
 弟がカレッジに行き始めたのだが、授業料が払えなくなった、というのだ。そして、千ペソほど貸して欲しいという。ここまでは良く聞く話だ。尤も貸してくれ、というのは下さい、ということだ。彼女の父親がジプニーのオーナーで且つ運転手をしている、という話は以前から聞いていた。そこで…

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October 13, 2005

第49話 不埒なワクワク・メール(2)

 ところで、フィリピン人の女の子の感性では、仕事中でもプライベートな電話を遠慮なくバンバン会社にまでかけてくることに躊躇いはない。電話を取り次いだ女性社員の耳は当然ダンボの状態だ。適当に返事をして、後からスマンスマンというしかない。
 ところで、はるばる日本まで国際電話をかけてきた女性もいたそうだ。
「Hello, May I speak to Mr.○×?」
「あっ、しゃ、社長!英語の電話ですっ!」
中堅企業の会社ではあるが、ここでは英語が話せるのは社長だけだ。
「誰からだ?」
「分かりません。」
「Hello, Who’s calling please?」
「・・・・・」
電話で話しながら、次第に社長は事の背景を明確に推測した。やがて、社長は○×氏を呼びつけた。
「キミは一体、現地で何やっとったんだ?日本に来れば俺が面倒見てやるとか、言ったらしいじゃないか…」
○×氏は少し前まで、数ヶ月の長期出張でフィリピンに派遣されていたのだ。まさか本当に日本の会社まで、しかも勤務時間中に国際電話をかけてくるとは、夢にも思わなかっただろう。
 社長の前で彼がどんな言い訳をしたのかは私は聞き及んでいない。フィリピンの人達は人の言うことをそのまま受け止めてしまうことが多いのだ。軽い気持ちで彼女たちに不用意なことは言わないことだ。

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October 12, 2005

第49話 不埒なワクワク・メール

 最近ではセルフォンでのメールの方が多いかも知れないが、セブでもパソコンを使ったEメールが6~7年前には一気に普及した。勿論、平均的な家庭ではパソコンは買えない。そこでインターネットカフェの登場だ。個人的には、巷のインターネットカフェを使ったことはないが、ここからのメールは随分と頂戴した。
 ご想像の通り、カラオケの彼女達からである。誤解を恐れずに言えば、当時仕事で赴任していた日本人の90%以上は同じような経験をしていたはずだ。まあ、仕事上の必要があった、と言い訳が出来なくもないが。
 彼女たちにとっても、金ヅルには違いないから、猛アタックである。会社に電話されるよりはマシと、メールアドレスを数人についつい教えてしまった。
 くるわ、くるわ、毎日のようにメールが。律儀な日本人としては無視も出来ず、テキトーな返事を打つ。そうすると、また来る。この手の扱いにはG♂氏が長けていた。彼は暫くの間、終業時には「今日はどんなメールがきてますか?」と言って、私のパソコンを覗き込むのが日課になっていた。自分が忙しい時は、「○○さんは忙しそうだから、ボクが見て訳しておきますね。」と言って私よりも先にニヤニヤしながら読んでいた。
 そうこうしてるうちに、どこでメールアドレスが漏れるのか、見ず知らずの女性からも随分とメールを頂戴した。自分で言うのもおこがましいが、殆どが交際希望のメールだ。遠くボホールやスリガオの女の子からも来た。殆どが“20歳前後で自分の容姿はどうでこうで、自分はセクシー(本当かな?)でナンタラカンタラ…”と売り込んでいた。今にして思えば、懐かしい限りだ。

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October 10, 2005

第48話 盗まれる!(2)

 モノが盗まれるのは、驚くことに会社の中でも少なくないことだ。私が使っていた机は鍵がかかる引出しと、そうでない引出しが付いていた。パソコンなどは狙われ易いから、仕事が終わると電源をはずして、引出しに入れる。電卓など小物はもっとアブナイ。さすがのフィリピンでも筆記具を盗むほどは生活に困っていないし、盗んでも売れないだろう。と、思っていたのが油断だった。筆記具の中でも、私にはお気に入りのシャープペンがあったのだが、これはやられてしまった。ネームが彫ってあり、大事に使っていたのだが。
 別の日本人は机の下に置いておいたサンダルを失敬された。大して上等なものでもない履き古しを何で?とクビを捻っていた。
 ところで他所の会社ではどうだか知らないが、事務所のトイレにはトイレットペーパーがない。何故か、もうお分かりと思うが、備え付けておけば、持って行かれてしまうのだ。だから、社員には決まった数だけトイレットペーパーが支給され、催した時はこれを持参してゆく。トイレットペーパーは引出しには入りきらないから、机の下に置いている者が多かったが、これもよく盗まれていたようだ。日本では高速道路のトイレには予備のペーパーがうず高く積まれているが、フィリピンならあり得ない話だ。

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October 08, 2005

第48話 (盗まれる!)

 この国では油断していればモノを盗まれるのは当たり前。分かっていて盗まれるのは盗まれる方が悪い、ということだ。それでもこんなものまで盗まれるのかと思う。
ウォーターフロントの駐車場はホテルの地下にある。やや薄暗いが、一応は警備員だっているのだ。ここではドアミラーを根こそぎやられた。ホテルの中の日本食レストランで食事をしていた90分くらいの間だ。
また、あるときSMの広い駐車場で停めて買い物に行っている間にフロントのワイパーを持っていかれた。こんなものを盗んで一体いくらで売れるのだろう。こんな盗人たちも日曜には早朝から教会で懺悔して罪を許してもらっているのだろうか。そして明日にはせっせと再び盗人稼業に励むのか。
極めつけはマリアルイサの下にある、マチヤマートの近くの駐車場。ここでは床屋で散髪している僅か20分くらいの間にワゴン車のスペアタイヤをやられた。真昼間である。スペアタイヤはボディの下に外付けだから、そのつもりなら確かに簡単に外せる。だが、周囲には人が大勢いるのだ。その大胆さには舌を巻く。
もし、スペアタイヤが外付けなら、今からでも遅くはない。車内に収納しておいた方が良い。

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October 07, 2005

第47話 ヘンな裁判

 ある部分アメリカナイズされているフィリピン社会は訴訟社会だ。それも弁護士が焚き付けて裁判を起こしているのではないかと思われることがある。
 この国の法律では労働者の立場はそれなりに守られていると言えるが、意外と労働者のクビ切りは容易だ。条件が整えば解雇は合法的に出来る。尤も多い例は就業規則を厳格に適用することだが、あとあと尾を引くのもフィリピンならでは、だ。一般に就業規則ではどういう違反で何ポイント、それが積み重なるとこういったペナルティ、さらに積み重なって、解雇という手続きが可能となる。
 勤務状況があまり芳しくない社員は意外と早く解雇までの累積点を積み重ねる。さて、そこで彼は手順どおり解雇となるわけだが、そこに待ち受けているのはゴロツキ弁護士。彼らは裁判に勝とうが負けようが報酬を取れるので、裁判に無知な薄給でしかも失業したワーカーさえも餌食にしてしまう。クビになったワーカーに裁判をけしかけるのだ。解雇した会社側には法的な瑕疵はない。従って勝った負けたの論理では多くの場合、会社側の勝ちである。が、ほとんどの場合理解に苦しむオマケがついてくる。
 「原告敗訴。ただし、可哀相だから会社は○○原告に○万ペソ支払いなさい。」
あーあ、○万ペソのうち、一体いくらワーカーの手元に残るんだろう。坊主丸儲けならぬ弁護士丸儲け、と言うわけだ。まさか、裁判官にキックバックが、と疑いたくもなる。

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October 06, 2005

第46話 セブカンのメンバー権(3)

 繰り返すが、B氏がメンバー権を入手した経緯には瑕疵はない。奪ったわけでも騙し取ったわけでもなく、正当にブローカーを介して(異常に高いのは別として)競売にかかったものを手に入れた。
何故、本来の係争相手先でなく、善意の取得者に返還命令を出すのか、いささか理解に苦しむ。しかも、マニラとセブ双方の裁判所のヨコの連携が図られた形跡がまるで見えない。弁護士D氏によればフィリピンでの裁判では良くあること、と。
 で、どうなったかと言えば、有力弁護士D氏がB氏の弁護人に就いたことで、裁判所からの命令はあったものの、実力行使は一切なく、B氏はその後も平然とプレーを楽しんでいた(数年後の今はどうか知らないが)。じゃあ、一体この国で裁判っていったい何なんだ?

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October 05, 2005

第46話 セブカンのメンバー権(2)

 このメンバー権は件の日本人ブローカーから110万ペソでB氏は購入した。メンバー権のその前の所有者はフィリピン人のa氏である。a氏は商売上のトラブルで訴訟に破れ、メンバー権は競売にかけられ、日本人ブローカーがこれを10万ペソで手に入れたのだ。(10万ペソのメンバー権を110万ペソで転売するブローカー氏の商才もスゴイ!)
 問題は、そのまた前のメンバー権所有者A氏である。A氏はa氏とやはりビジネス上のトラブルで争っていた。A氏は係争中に、2年ほど所用で渡米。この期間中、a氏はA氏の財産の差し押さえの訴えを起こした。フィリピンでは訴えを起こしたとき、相手がいなければそのまま原告の主張が通ってしまうことが多いそうだ。と、なれば、A氏が所有していたメンバー権がa氏の手に渡るのは時間の問題だ。
 やがてA氏はフィリピンに帰国して、自身が所有していたセブカンメンバー権がa氏の権利に移転し、さらに縁もゆかりもない日本人の手に渡っていたことに激怒。セブの裁判所に提訴した。ややこしいが、a氏はマニラの裁判所に提訴し、A氏のメンバー権を手にした。そしてA氏は奪われたメンバー権を奪還しようとセブの裁判所に提訴した訳だ。セブの裁判所はかつてA氏が訴えられた裁判では、A氏はその当時、国外在住で判決は無効として、メンバー権の返還を、何と!a氏ではなく、B氏に命じたのだ??

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October 03, 2005

第46話 セブカンのメンバー権

 セブカンといえば、メンバー権でもひと悶着があった話を知っている。B氏が所持していたメンバー権で、これは以前に現地にいる日本人ブローカーから買ったものと聞かされていたメンバー権だ。事の経緯は些か複雑であるが、この国の得体知れなさを端的に語る出来事とも言える。
 このメンバー権は日本人であるB氏の名義として、彼はつつがなく毎週のようにプレーを楽しんでいた。ある日、彼の元に裁判所から一通の通知が届いた。「あなたが持っているメンバー権はA氏のものであるから、A氏に返しなさい。」と。
 冗談ではない、とB氏。彼は数年前にセブ在住のある日本人ブローカーから110万ペソでメンバー権を手に入れたのだ。彼が入手した手続きには些かの瑕疵もない。セブカンも様々な手続きの結果、B氏を正規のメンバーと認めたのだ。何故、裁判所からそのような通知が来たのか。
 弁護士D氏はセブでは最重鎮のアンガラの弁護士だ。以前、彼は上院議員にも立候補したが、当選を果たせなかった。裁判で彼が関わると、相手方の大概の弁護士は諦め、腰砕けになるくらいの大物だ。この件ではD弁護士が過去の経緯を充分に調査し、背景の全体像を素早く把握した。恐らく、裁判所からの非公開資料なども手に入れていたのだろう。
 さて、B氏が正当に保有しているメンバー権は、その背景に何があったのか・・・

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October 01, 2005

第45話 Cebuカントリークラブ(2)

 フィリピンでゴルフをプレーする時に気にしておかなければならないことがいくつかある。“郷に入れば郷に従え”ということなのだが、日本人には納得しにくいことがある。
 セブに赴任して数ヶ月。ある日曜日、いつもより少し遅めの時間に私たちはスタート。時間的にもスイスイと進んでいたが、やがて前の遅いプレーヤー達に足止めされがちになってきた。そうなると後ろからもせっつかれるようになる。そうこうしているうちに、やがてキャディが後ろの組のキャディと何か合図しているように見えた。私についていたキャディのLはすまなそうに私に言ってきた。
「後ろの人達は我々が先に行く、抜かせろ、と言っている。」
「冗談じゃない。我々のプレーが遅いんじゃない。前の人達が遅いんだ。我々を抜いたって、また前の組の為に待たされるぞ。」
「ごめんなさい。あなたたちのせいではない。でも、そうしてもらわないと、自分はサスペンドだ。お願いだから、そうして欲しい。」
なるほど、我々も大よそのことは飲み込めた。非常に理不尽な話ではあるが、それによって彼らキャディが数日間失業するのも忍びない。しかも、やがて判ったことだが、もし踏ん張って抜かさせなければ、理事会で取り上げられ、メンバーと言えども出入り禁止になる可能性もあるそうだ。
 さて、後ろから来た3人組みは、我々を抜き去るときに挨拶もなければサンキューもない。チラッと一瞥して当然のごとくプレーを続けていった。彼らはセブでの経済を動かす有力者達なのだろう。
 このようなことは以後数回あった。特に中学生くらいの子供達だけでプレーしている場合は必ずそうなった。我々も顔ではニコニコしながら、なんでこんなガキどもに!とハラワタは煮えくり返っていた。

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