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May 31, 2006

第121話 大統領がやってきた

 例の強姦事件でPresidential assistant のF氏に厄介を掛けて以来、私たちはF氏と懇意になり、食事をしたりセブカンでゴルフをしたりしていた。セブプラザの近くにあった日本食レストランで食事をしていた時、彼はひとつの提案を持っていた。大統領(E元大統領)の会社訪問の打診である。
「来月ビサヤ地区の視察があるので、その際に加工区の会社を1社訪問するスケジュールにしようと思っている。そちらの会社を訪問してもらおうと思うが、どうだろう。」
大統領が会社に来たからと言って業績に寄与するわけでもないが、名誉な話には違いない。我々には断る理由はなかった。
 話は決まった。さて、段取りである。受け入れると決まったからには2~3週間のうちに様々な準備を一気にやり遂げなければならない。このような行事の段取りやアイデアについてはフィリピン人は実にテキパキとよく動く。招待客に日本人がいるわけでもないから、ここは全てフィリピンスタイルでよい。アシュレットや飲食類、手土産の用意、関係する政府関係者への手回し、鼓笛隊の手配、とにかく日頃の仕事振りとは別人の如くの働きぶりだ。あっという間に当日の受入れ方法と役割や準備すべきことが決まっていった。来訪日時は3月下旬の日曜日である。

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May 29, 2006

第120話 泣けば済む

 会社の中にあっては、日本では通常見かけない光景をフィリピンではよく見かける。
 仕事の中で、上司にどやしつけられる部下。というのは日本では別段珍しいことではない。部下のほうも叱られるのも仕事のうち、とばかりに言われっ放しでひたすら耐えるのが務めである。フィリピンではちょっと様子が違う。さすがに、よく言われるように、面子を重んじるフィリピンでは、上司が人前で部下を打ちのめすように叱ることはしない。これは現地で仕事をする日本人も気をつけていることでもある。失敗を犯したり、仕事ぶりに問題がある場合でも、フィリピン人の上司はよく部下の話を聞いている。そうこうしていると、時折意外な光景に出くわすのだ。なんと、部下が突然泣き出すのだ。男も女も問わず、である。このような習慣?は日本では見られないものだ。
 あるとき遅刻が多く、ペナルティを課せられたオペレーターが人事に何かを訴えに来た。前総務部長のMは暫く彼女の言い分を聞いていたが、彼女は例により突如泣き始めた。さてM部長は何を言い出すかと思ったら、
「もういいんだよ。あなたは悪くない。あなたはベストを尽くしているんだ。」
咎められるべき者が、”泣き“を入れることで許してもらえる、というカルチャーは我々には少なからず違和感を感じさせる。果たしてこれが正しい問題解決法なのかどうかは別として、泣けば全てが許される、そして許してあげなければならない、このような風習はフィリピン人独特の寛容の精神と表裏一体のものなのだろう。

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May 27, 2006

第119話 やはりここは天国

 多くのフィリピン関連のブログを拝見させていただくと、大使館や領事館の対応の悪さが槍玉に上がっているようだ。が、しかしこれはフィリピンに限ったことではない。日本国内の役所の対応は概ねどこだって同じだ(警察なんかは特に)。自ら事が起こして、邦人保護を錦旗にクレームをつける日本人も少なくないようだが、自らの尻拭いの第一責任者はあくまでも自分であることを忘れてしまっては・・・。
 そんなフィリピンでもセブの領事館には、かつてとても気さくな方が居られた。自炊もしておられたようで、日本食材店でも時々出会った。曰く、
「セブは天国ですよ。それに比べてパプアニューギニアのポートモレスビーは地獄でした。誰もが2年とか3年の任期を終えて帰国するときは本当に嬉しくて、送る方も送られる方も万歳を連呼するんですよ。」
 彼の地に再び住みたいとは思わないが、フィリピンはまた来たい、生活してもいい、そう思うそうだ。確かに私が知るだけでも、加工区の会社から本邦に帰任したあと、本社を退職しセブに舞い戻ってしまった方も3人ほど知っている。日本人が生活するに当たっては、かなり恵まれた環境を提供してくれている国であることは確かなようだ。何をするのも自由だが、そのようなフィリピンで自立してやっていくことが困難で、事が起きたときだけ大使館や領事館を頼るというのでは、頼られる方もたまったものではなかろう。
 でも、学校の先生並みの長い夏休みは、ちょっと羨ましかったかな。
 

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May 25, 2006

第118話 査定

 毎年今頃は頭の痛い季節だった。賃上げに関するローカルのマネージャ達との葛藤。何しろ、出費を抑えるべき部門の責任者までが従業員を代表して賃上げを勝ち取ろうとしているのだから、周囲は全員敵、四面楚歌ということになる。
 もうひとつ厄介な交渉ごとがある。マネージャたちの査定である。考えてもみれば日本社会での査定は随分と感覚的でありアバウトである。その意識で査定交渉に向かうと痛い目にあうことになる。まずは査定を示し、理由を開示する。その段階では大人しく聞いているが、意見を求められた途端に状況は一変する。あれもやりました、これもやりました、と感心するくらい細かな事柄を得意げに指を折って数えながら捲くし立ててくるのだ。
 彼らは自分の守備範囲の仕事でたまたまうまくいったものも含めて、全て自分の手柄にして主張してくることを覚悟しなければならない。そうなると、こちらも反論し、そうでないという客観的事実も用意しておかないと、議論で押し切られてしまうのだ。しかも最後には彼らを納得させなければならない。そうでないと、彼らが査定書にサインしないからだ。査定書に被評価者のサインなしに処遇を決めてしまうことは、当然法的にも無効である。
 半年に一遍まとめて一人ひとりの業務活動の状況を評価しようとしても、些細な部分まで思い出せるものではない。日頃から気づいたことや目立った事実関係は常にチェックし、記録に残しておくことが絶対的に必要である。

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May 23, 2006

第117話 交通違反

 フィリピンで自動車を運転する場合は、交通事故もそうだが交通違反にも注意が必要だ。セブ辺りでは測定機器が無いからか、酒気帯びとかスピードでつかまったという話はあまり聞いたことがなかった。捕まえることが出来るのは、目視で明らかな事実が確認されるときだけだろう。
 変わったものでは、シートベルトを締めていないと350ペソ(当時)の違反金、というものがあった。でもちょっと変だ。大体においてシートベルトの取り付けられていない多くの車両はどうするのだろう。危険防止という法律の趣旨から言って、曲芸を披露してくれるジプニーのマネーコレクターや屋根の上のパッセンジャーたちはどうなるんだ。
 私も一度だけやられたことがある。左折レーンを走っていて、気づかずにそのまま直進してしまい、張っていた警官に止められてしまった。違反切符らしき縦長の紙をひらひらさせながら近づいてくる。私は“マニュアル”通り100ペソ紙幣を2枚ほど財布から出して相手の目を見た。
 彼はチラッと紙幣を見たが、首を横に振った。(200じゃ駄目かな?がめつい奴だ。)と思いながらもう一枚取り出して見せた。彼は手を振りながらこれを持って違反金を支払いに行くようにと言って紙切れをよこした。
 翌日、会社のドライバーに聞いたらナントカという事務所に80ペソ支払えば済むという。ドライバーのAは自分が行ってくる、といって早々に済ませてくれた。これは稀なケースだったのだろうか。

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May 20, 2006

第116話 セブ富士

 最近あまりやらなくなったが、山登りは私の子供のころからの趣味である。フィリピンでは残念ながらついにこの趣味を実行に移すことは出来ずに3年間を過ごした。
 旧マクタンブリッジを渡りマンダウェ方向に向かうと、正面に姿の整った山が目に入る。トップスとの比較からも標高は700~800mくらいだろうか。頂上付近はなかなか端正な円錐形で、私はこの山のことを勝手に”セブ富士“と名づけていた。そして一度は登ってみたいと思うようになり、総務課長に登る道がありそうか聞いてみた。
「奥の方まで道は多分あるとは思いますが、フィリピンでは驚くほどの山奥でも人がいて生活しています。道も分かりにくいし、どんな人たちがいるか分かりません。」
それもそうだ。トップスから周囲を見渡せば、夕方ともなると山間のあちこちから煙が立ち上っている。善良な人たちばかりではない。やめておいたほうが良さそうだ。
 それにしても、フィリピン人で山登りを趣味にしているという人とは、ついに出会ったことはなかった。300mくらいの水平距離でも歩かずにトライシクルに乗ってしまう人たちが垂直方向に荷物を背負って数百メートルも移動する訳がない、と勝手に決め込んでいた。ところが・・・

ヘラクレオ・オラシオン氏に続き、アーウィン・エルマタ氏が世界最高峰エベレストの頂上に到達した。両氏は、メディア大手ABS―CBNブロードキャスティングが後援するエベレスト登山隊のメンバー。登頂時刻は、ケソン州出身のオラシオン氏が17日午後3時30分(フィリピン時間17日午後5時30分)ごろ、ダバオ出身のエルマタ氏が18日午前5時30分(同18日午前7時30分)ごろだったという。(以上NNAの記事より抜粋)

 へえー、フィリピンでもそういう方が居られるんですか。

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May 19, 2006

第115話 アドレナリン (11)

 だらけた気持ちの中ですごす2時間はとても長い。一方、張り詰めた気持ちで過ごす時間はアッと言う間だ。何がおきるか分からないフィリピン。ひとコマひとコマ祈るような気持ちで見守っていたが、全てが不気味なくらいうまくいっている。鏡割りの酒樽も漏れる様子はない。
唯一誤算だったのは、G知事が思い切り木槌で叩いたために、酒が飛び散ったことぐらいだが、そんなこともあろうかと、あらかじめタオルを用意していたので、ご愛嬌で済んだ。
余興は火渡りのショーとシヌログパレード。パレードは壮大だ。ローカルの方々は勿論、日本人ゲストにも印象深いものになったはずだ。
全てのイベントが恙無く終わり、招待者の方々が帰るとき、出口で待機していた私にも様々な声が聞こえてくる。
「すばらしい、感激した。」
「このようなセレモニーは初めてだ。」
など、うれしいコメントが聞こえてくる。R銀行の方からは
「いやー○○さん、今までフィリピンで見たセレモニーの中で、今日のは一番印象に残りました。」と仰っていただいた。
 セレモニーが終わってからもローカルの数名の方からもわざわざ手紙まで戴いた。とても嬉しかった。でも最も感謝しなければならないのは、カリカリしていた私に最後まで付き合ってくれたプロジェクトメンバーの彼らに対してである。土壇場での彼らの底力は侮れないのだ。あるマネージャは言った。
「フィリピン人は、いざとなるとドッとアドレナリンが出て、信じられないくらいの力を発揮します。」

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May 18, 2006

第115話 アドレナリン (10)

 要人たち(会社の)を乗せた車両は手はず通りマクタン加工区から約20分ほどでウォーターフロントに到着した。普段の日の夕方なら40分程度はかかるのだが、この日は違った。ラプラプ市のW市長の計らいで、日本で言う白バイ先導で一般車両を蹴散らしてくれたのだ。おかげであっという間に到着した。
 さて、最後のリハーサルである。相変わらずカリカリしているのは私一人で、彼らは本番ではちゃんとできるから大丈夫と、相変わらずのリラックスムード。もうどうでもいいよ。
 救いはMC。さすが現役のニュースキャスター。そして多少なりとも日本人を知っている。彼女は一発でほぼ要望されていることを体現していた。役割を担っているイベント会社の社長は盛んに「パスパス!」と声をかけている。が、彼女のクルーたちは笑いながら声を掛け合っている。数十分後には本番だ。本当に大丈夫なのか。
 18時。予定通りに幕は切られた。あっけにとられた。さっきまでの気だるい怠けた雰囲気には程遠く、1時間前の予行演習とは大違い。全てが予想以上のテンポと迫力で目の前に展開している。イメージしていたシナリオを100とすると150くらいのものが目の前で動いていた。間の取り方、照明や音響、ビデオなどの連携も100%イメージどおり、いやそれ以上なのだ。寝不足もあって、自分自身でも目の前で起きていることが信じられず、しかも心地よい疲労感の中にいた。

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May 16, 2006

第115話 アドレナリン (9)

 直前のリハーサルは午後2時からの予定である。6時の開演までには3回程度は演習をやる予定でいた。が、案の定、会場にいってみると人影はまばらである。第一、MCが来ていないようでは、始めようがない。昨日は私は途中で帰宅したので、どの程度の出来具合か非常に気になっていたが、演習ができなければそれを確認することさえ出来やしない。
 幸い、MCはこのホテルに投宿しているので、呼びに行ってもらった。MCが入念に化粧を済ませてやってきたときには既に3時を回っていた。しかも、やや不機嫌そうである。おまけに起きてからまだ食事をしていないから、これからランチを食べてくる、という。(おいおい、もう何時だと思ってんだよ~)ホテルの奥にあるレストランの向かって歩き出したとき、ちょっと立ち止まり、振り向きざまに彼女は
「もういきなり本番でも大丈夫!」
と、茶目っ気たっぷりに右目の目じりを人差し指で押し下げた。なるほど、長い日本滞在経験で覚えたアッカンベーの仕草をまだ忘れてないということか。
「そうかも知れないが、大丈夫かどうか私は見ていない。とにかく1度やってみてくれ。」
 彼女は仕方ない、とでも言わんばかりのジェスチャーで応じた。どっちみちリハーサルをやる時間は1回分しか残されていない。それで駄目ならそれまでだ。

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May 14, 2006

第115話 アドレナリン (8)

 11時を過ぎて、ようやくリハーサルまで漕ぎ着けた。ところが、この前後からちょっと妙な雰囲気を感じた。どうも人が少ない。さっきまでいた人がいないように思える。総務部長のTを探したが、なんと彼もいない。居合わせたマネージャに聞いたら、すでに何人かは時間が遅いから、と言って帰ってしまったそうだ。しかも、彼によるとT部長は、
「Unbelievable! Crazy!」
と言ったとか。まあ、確かに余分に手当てが出るわけでもないのに夜中まで働くなど、真っ平な話なのだろう。尤も帰ってしまった連中はよく見りゃ大して戦力にもならない連中だと割り切ってしまえば、残った者だけでやれば良い。
 それでも、リハーサルではやはりというか、イメージしていたものとはちょっと違うのだ。大筋のシナリオは変わらないが、動きが緩慢なのだ。そして失敗してもジョークを飛ばしたり、笑ってごまかそうとするから、どうにも真剣にやっているように見えない。MCの彼女は、まだやるの?という顔つきだったが、こちらの必死さを理解してくれたのか、かなり真剣にやってくれた。3時も回ったころ、マネージャの一人が
「あなたは明日、ヘッドクウォータの偉い人に業務報告もあるのだから、もう帰ったほうがいい。リハーサルは我々はこのまま続けます。」
と言ってくれた。このまま帰るのも非常に心配だったが、何しろ疲れた。
 そして翌朝6時、真っ赤な目をこすりながら会社に向かった。果たして今日は無事に1日を送ることができるのだろうか。全くもって不安な1日のスタートである。

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May 12, 2006

第115話 アドレナリン (7)

 イベントをぶっつけ本番でやるのはちょっと無謀だ。リハーサルというか予行演習が必要だ。それも何回も、である。予定では前日は朝からそうする予定であった。
 MCは来ているし、シナリオは決まっている。ところが、主役ではないが重要なものがなかなか来ないのだ。照明を受け持つ業者である。彼らは3時には来てリハーサルには加わることになっていたが、夕方になっても姿を見せない。イベント会社の女性社長も盛んに電話をかけているが、どうやら機材のレンタル業者からのデリバリーが遅れているということのようだ。
 何しろフィリピンである。待っているだけでは危ない。こんなときに役にたつのは大体いつもシステム課長のJである。彼は知り合いに声をかけ、必要な機材を貸してくれるよう心当たりに頼んでくれた。そしてそれらが揃ったのが夜8時頃。やれやれ、これでやっとまともなリハーサルを行える環境が整った。
 と、思ったのもつかの間、配線ができないことがわかった。事前にホテル側との打ち合わせで電源がどこにあるのか、調べてはあったのだが、いざ、差し込んでみると使えないのだ。電源は別のところから引き回さなければならない。長いケーブルが必要だが、ホテルにはそのような用意はない。結局、会社まで行って取ってくるしかなかった。
 すべてのインフラが整い、まともなリハーサルが出来るようになった時には時計の針は夜中の11時を回っていた。

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May 10, 2006

第115話 アドレナリン (6)

 鏡割りの為の樽は日本から既に取り寄せてあった。しかし早くから酒を樽に入れてしまうと香りがきつくなってしまい、高い気温では発酵も進んでしまう。Hさんのところは秋田の地酒を取り寄せていた。段取りでは2日前にビンの酒を樽に移すことになっていて、予定通りこれは実行された。
 ところが暫くして、酒が樽の胴からから漏れ始めて止まらないというのだ。もう時間がない。こうなったらイベントの直前になってから樽に酒を入れるしかない。それにしてもステージが酒浸しになるのも具合が悪い。メンバーの一人が木枠の切れっ端を使って受け皿を作ったらどうか、と提案してきた。ステージの床の色と同じにペイントしてしまえば目立たないと言うが、間に合うのか?メンテナンスのM課長に出来るか?と聞いてみたら、問題ない、という返事が返ってきた。この課長には以前苦い思いでもあったが、とにかくやってみるしかない。
 こういうことならフィリピン人はやりだしたら早いのだ。頼んで数時間後には木枠とブリキの受け皿が出来上がっていた。そうこうしているうちにHさんから
「いやー、良かったです。モレはどうにか収まったようです。」
との連絡があった。どうやら、ホースで樽に水をかけ続けていたら木が膨れたらしく、スキマがピタッと埋まったらしい、とのことだった。咄嗟に奈良の東大寺正倉院の校倉造りを思い出した。このアイデアも使っていたフィリピン人のアイデアだと彼は言っていた。時はもう既にイベント前日である。

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May 09, 2006

第115話 アドレナリン (5)

 彼女はイベントの2日前にマニラからセブに移動した。その日の午後は全体の進行の流れについて打ち合わせ。その中での彼女の役割についても
「OK, No problem!」
さすがプロ、どのように自分が演出すべきか、このあたりの飲み込みは速い。あとはこちらで用意した台本にプロとしてどんなアレンジが必要か聞いてみた。
「Sorry, I don’t understand this.」
(えっ、日本語の読み書きが出来るんじゃなかったのか。)
どうやら日本から帰国して数年が経ち、会話は何とか出来るものの、文章を読むことは最早出来ないらしい。
「She was supposed to be able to read Japanese!」
慌てたイベント会社社長は、
「Yes… But … I thought she could, because … 」
彼女に日本語で喋ってもらうためには、原稿を全部ローマ字に直さなければならなかった。イベント2日前である。深夜まで一人黙で々と作業をするしかなかった。そして、直前での意外な番狂わせがもうひとつ起きた。鏡割りの酒をお願いしてあったHさんからの電話によると・・・

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May 06, 2006

第115話 アドレナリン(4)

 イベントではMCの良し悪しは全体の印象に大きな影響を与える。カネを出せばそれなりのMCを呼べるが、予算には限度がある。イベント会社の社長はシステム課長Jの友人だ。彼女は、マニラからアンジェリク・ラゾというキャスターを呼ぶことを提案した。正直言って、テレビのローカル番組はほとんど見ていなかったから、どういう人なのか私は知らなかった。ところがプロジェクトメンバーは一様に目を輝かせて、「それはすごい」とはしゃいでいた。写真を見せてもらったら、それほど若くはないし、ちょっと(以上かな)ポッチャリしている。それでも有名人らしく、メンバーはこの人で決まったと言わんばかりに興奮している。どうやら、彼女はこの社長の友人らしい。
 が、しかしギャラが高いんじゃないか?私の頭の中でカネのことがよぎった。
「いくら彼女に払わなければならないのか?」
「彼女は私の友人だから、無料でやってくれると思います。でも飛行機代とホテル代だけはみてもらえませんか。」
(なに、それだけでいいのか?)
「いいでしょう。社員も喜んでいるようですし。」
聞けば彼女は上智大学で6年間留学したので、日本語の読み書きもできるというではないか。であれば、私が書く勧進帳を英訳することなく、対応してもらえそうだ。これでMCは決まった。

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May 04, 2006

第115話 アドレナリン(3)

 イべントにおいてオフィシャルな部分は比較的容易に決められる。ある程度の雛形があるからだ。それらをちょっとカスタマイズさせれば良いだけだ。ただ、それらに枝葉をつける作業は関係者の主観のバラツキもあって、なかなかまとまらないものだ。
 プロジェクトのメンバーは彼らなりに真面目に取り組んでいるが、彼らの意見はパッチワーク的なアイデアが多く、それらをまとめても整合性が取れないことが多い。それでも、開催予定日の1ヶ月くらい前からは毎日深夜までミーティングとなった。このあたりから彼らの中で一人二人とやがて脱落者が出てくる。脱落といっても止むを得ないのだ。彼らの生活習慣で家族を犠牲にして仕事に時間を割くというのは、そもそも価値観に反しているのだ。そんな中でも、システム課長のJと彼の部下N,環境課長のLは最後まで付き合ってくれた。毎日夜中までディスカッションしていれば、お互いの腹の中は理解できるようになってくる。そうなれば彼らの行動力は素晴らしいものがある。
 イベント請負会社が提案していた進行要領に対して、彼らは私に代わってほぼ適格に修正を要求していた。何をすべきかフェーズ合わせさえきちんとできれば、それを具現化させる能力を彼らは充分に持っている、ということを私自身が身を以って理解し始めたのはこの頃からである。

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May 03, 2006

第115話 アドレナリン(2)

招待者を誰にするか、ということはある程度の基準を作ってしまえば、そう難解な作業ではない。私情をどこまでコントロールできるか、だけである。進行要領、要は何を出し物としてやるのか、これはなかなかまとまらない。オフィシャルで儀式的に進めなければならないものもあれば、参加者に寛いでもらうためのエンターテイメントも必要だ。さて、何をやるべきか、未だこれからというその頃。
 どうもキャンティーンのあたりが賑やかだ。ズンチャカズンチャカ、人の声も小さくない。中を覗いて目が点になった。勤務時間中だというのに数十人の女子社員がダンスをしているのだ。しかも見たことのない男性が大きな声で彼女たちに熱心に指導している。事務所に戻ってT総務部長を呼んだ。
「キャンティーンで大勢の女子社員がダンスをしている。勤務時間だというのに、何しているんだ?」
「あー、あれは式典のときの出し物のダンスの練習ですよ。」
「出し物で社員にダンスをさせるなんて、いったい誰が決めたんだ?」
「M部長の提案ですが、ダメなんですか?」
「出し物を何にするか、まだ何も決まっていないじゃないか。第一、この忙しい時期に、生産量を落としてまで、社員にダンスをさせるほどのヒマはないはずだぞ。それにあのオカマみたいな男は何なんだ!」
「彼ですか?ダンスのインストラクターですが・・・」
常に社員の人気取りに余念がない彼らは、勝手に社員のダンスによる参加を既成事実化させようとしていたわけだ。しかも後で知ったことだが、オカマちゃんにもすでに幾らか指導料をも支払っていたようだ。

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May 01, 2006

第115話 アドレナリン(2)

 まずは招待者のリスト作成で躓いた。提案されている招待者リストは当然のことだが会社との関係でステイクホルダーでなければならない。総務部長Tが出してきたリストの中には聞いたことのない会社や人物で充満している。なんのことはない。彼は他の部長クラスに人数を割り当てて、招待者リストを出させていたのだ。結果どうなったか。それぞれの部長たちは自分の知り合いや親友を招待しようとしたのだ。こんなところは“パキキサマ”そのものである。フィリピン特有の恩の売り買いはこんなところでも行われる。これでは会社の記念式典になるはずもないが、こんなことからして、いちいち言わなければならないのもフィリピンの現実である。或いは、本当は分かっていても例により、通れば儲けもの、として出してきているのかもしれない。
 記念式典といえば、要するにパーティである。パーティとなればフィリピン人の血が騒がぬ訳がない。とにかく彼らは出たがりである。ところが○千人の社員全員が、ウォーターフロントの会場広しと言えども、パーティ会場に入ることはできない。そうなるとエンターテイナーとしてでも参加したい。こんな時に一役買うのはいつも元技術部長のMである。かれは総務部長に入れ知恵をした。その結果、ああやっぱり、こんなことを考えるのか・・・

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