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March 31, 2007

第198話 ココナッツオイル

 最近、何かと脚光を浴びているバイオ燃料。フィリピンでも既にその動きはあって、ガソリンには砂糖黍から作られるメタノール、軽油にはココナッツから採れるメチルエステルが混合される。現在法令では1%の混合率と決められているそうだが、来年にはこれが2%に引き上げられる。そうなると砂糖黍やココナッツの需給バランスに変化が生じるのは必然だ。

 アナハワンがある南レイテ州は約7万4千ヘクタールのココナッツ畑があり、ココナッツの生産量は年間およそ1億4千万個ほどで、そのうち約1千万個がココナッツオイルの原料となる乾燥コプラにされる。これらの資源を使わない手は無い。A氏の従兄弟のM氏は2年ほど前にその為の会社をセットアップし、プラントを建てた。020 年間で180万個のココナッツを処理し、約600トンのココナッツオイルの製造をもくろんでいた。フィリピン特有の問題が始まるのはそこからだ。

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March 26, 2007

第197話 いつか見たような光景

 温泉からの帰り道、クルマを運転していたM氏が村の中で声をかけられ車を降りた。どうも長話になりそうな雲行きなので、私も降りて付近を散策に。裕福ではないにせよ、屈託の無い会話があちらこちらで繰り広げられている。だから都市部のスクワットのような貧困がための圧迫感のような雰囲気は無い。

 道端で小さな女の子が二人、額を擦り合わせるように仲良く遊んでいた。どうやら姉妹のようだ。通りかかると姉と思しき女の子が近づいてきた。彼女が右手を差し出してきた。(なんだろう、握手かな?)私も右手を差し出すと、彼女は私の手を握り、私の手の甲に自分の額をつけた。なんの儀式なのかは分からないが、礼儀作法のひとつなのだろう。Sisters

 最近は隣人同士が道端談笑するという光景を見かけなくなったし、子供たちが友達同士で遊ぶ、といった姿を見ることも少なくなった。こんな光景は30年くらい前はどこでもあった。タイムスリップしたような映像を前にして心も和む。

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March 23, 2007

第196話 レイテの天然温泉

 レイテは地熱発電の資源に恵まれていることもあって、天然に湧き出る温泉が少なくない。以前オルモックからダナオ湖に向かう山中でも随所に水蒸気が昇っている光景を見かけたが、ここアナハワンにもあるというので、行ってみた。

 幹線道路から脇道に入り数分でサルファーの臭いが立ち込めてきた。道路が悪くなってきたので、途中からは徒歩だ。5分ほど歩くと、河原が見えてきた。それほど山深い訳ではないが、渓流が流れていて、随所から熱湯が湧き出ている。噴出口あたりはサルファーでべったり黄色っぽくこびりついている。手を入れてみるとかなり熱い。Spa1

 日曜日の午後とあって、何組かの家族がピクニックに来ていた。それぞれが好きなように熱湯と川の水をブレンドするようにして即席浴槽を造っている。勿論裸で入ることは無く、フィリピンスタイルで着たままだ。

 特に施設的なものもなく、周囲はやや殺伐としている。辺りをもう少しきれいに刈り込んだり整備すれば、ちょっとした観光地になりそうだが、これだけの僻地ではそれほどの観光客も期待できなさそうだ。

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March 20, 2007

第195話 一軒宿

 ところで宿泊したのはアナハワンでただ一軒のホテル“Princess Neryssa”。Pnerissa 週末というのにゲストは他になし。チェックインという作業もなし。行ったらそのまま部屋に通された。部屋の窓からは先は太平洋。部屋もまあまあで、一応エアコンはある。テレビはあるが映らなかった(事前に聞かされていた通り)。本を持ってきているので、テレビは無くても構わないが、シャワーはなんとかならないか。湯が出ないのは想定内だが、フィリピンスタイルの便座のすぐ上にシャワーが付いている様式。サンダルを履いてシャワーを浴びるしかない。そんなのだから、トイパーも中にはなく、用を足すときに持って入る。

 さて、ビーチだが、ほとんど誰もいない。太平洋に直接面しているので、波もあって砂浜には石ころが多い。一番困ったのは、波の音に慣れていないせいか、夜中に目が覚めて眠れない。天井を見やれば、見慣れたはずのヤモリもこの部屋の連中はサイズがやや大きく余り気持ちの良いものではない。Anahawanbeach

 2泊して、結局自分以外には宿泊客はいなかった。このホテルはNeryssaさんというムスリムの女性が始めたそうだが、当人は既に亡くなられていて、どこか寂しさの漂う雰囲気だ。

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March 18, 2007

第194話 レイテの生き証人

 アナハワンは小さな町だ。ここでA氏が小さい頃通っていたと言う小学校に行ってみた。日曜日なので誰もいない。例によってフィリピンではどこでもそうであるように、小学校の屋根の色はここでも緑色だ。小学校の建物に隣接して小さな平屋建ての建物がある。彼は言った。

「あの建物が何なのか知っていますか?あれは第2次大戦中日本軍がオフィスとして使っていました。若い将校と3人くらいの兵隊が居たそうです。」 023_1

そのような建物がそのまま残されているとは驚きだ。やはりここはレイテだ。まだ戦争の爪跡が残されている。A氏が通っていた頃は2年生の教室として使われたそうで、彼も1年間そこで勉強したそうだ。勿論今でも現役の校舎として使われている。

「あんたは日本人かい?」一人の老人が近づいてきた。あー、恨みつらみを言われるかもしれない。とにかく話を聞くしかない。

「いやー、日本人はすごい。どうして日本人はそんなに勇敢なんだ?」

(…最近の日本人はそうでもないんですが…)

「アメリカやオーストラリアの連合軍が50人とか100人いる中に日本人はたった一人で立ち向かっていった。空でもそうだ。たった1機で何機かの飛行機と戦っていた。日本の兵隊は本当に勇敢だった。」

この老人は以前船乗りとして日本の港にも何度も降り立ったそうで、その時の印象も日本に対する印象をポジティブにしているようだ。

「日本人はいつも礼儀正しくお辞儀をした。町の中は整然としてどこもきれいだ。そうだ、あの食べ物、なんて言ったっけ?」箸でズルズルすするポーズ。

「ラーメン?ソバ?ウドン?」

「そうそう、ラーメン…ソーバー…オドン… 美味しかった…」

 日本軍に殺されたフィリピン人だって数多く居た、と言われるレイテ島。耳が痛くなる話も覚悟しただけにちょっと意外であった。この老人の受け止め方が全てを代弁している訳ではないだろう。多くの島民はどう受け止めているのだろうか。この老人の家はすぐ近くとのことで、ジュースとビスケットをご馳走になった。Anahawan1_1

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March 13, 2007

第193話 ギンザウゴン(2)

 僅かではあるが、バランガイのキャプテンに寄付を申し出た。ボールペンとシャープペン、数百本程度で、そう大した数でもないので、彼に手渡して終わりと考えていた。彼は「あなたが直接子供たちに手渡した方がいい。子供たちを集めておくから3時頃にまた来て欲しい。」というので、近くで簡単な昼食をとって再びやってきた。

 いるわいるわ、たかがこの程度のモノを貰うためにザッと見渡しただけでも200人は居る。何を言われて集まったのか知らないが、ガッカリするんじゃないだろうか。たかがペンじゃないか。

 そんな不安をよそに子供たちは嬉しそうに1本1本受け取ってゆく。ボールペンはいいとして、シャープペンは替え芯はどうするのだろうか、などと心配したりもしたが、ボールペンよりもシャープペンを彼らは欲しがった。今から30数年前、鉛筆の芯がニョキニョキ出てくるシャープペンに私も感動したが、同様の感動でもあるのかもしれない。Donation2

 結構、重い荷物だったが、彼らが喜んでくれるのを見て、持ってきて良かったと思った。

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March 09, 2007

第193話 ギンザウゴン

 昨年2月に2千人近くが瞬時にして亡くなられたギンザウゴン地区まではアナハワンから30分程度だ。今日は晴れたり突然の雨だったり、忙しい天気だ。先月の1周期には日本からの支援者も何人か集まったそうだ。

Stbernard1  今日は日曜日ではあるが、午前中のため近隣の人達は教会に行っているのか、訪問者は他には誰も来ていなかった。事故も既に風化しつつあるのかも知れない。まだ新たな土砂の流出可能性も否めないため、現場の復旧作業はなされていない。では生き残った住民達は何処へ?

 各国の補助による仮設住宅がここから1KMくらい離れた場所に建設されていた。戸数は330戸余り。仕方ないと言えば仕方ないのだが、余りにも整然と配列された住宅からはフィリピン“らしさ”が感じられず、何やら殺伐とした印象だ。 Housingprojectそれぞれの住宅は援助国によって何故かペイントの色が異なっていて、 日本の援助資金によるものはライトグリーンに統一されている。日本の他ではアメリカとオーストラリアの援助で建てられているが、全体の約半数はライトグリーンだからわが国は相応の援助をしているといえる。問題は彼らの仕事がなかなか創出できないことだろう。

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March 08, 2007

第192話 Anahawan(レイテ島)

015  レイテ島Hilongosはフィリピンではどこにでもあるような風景の船着場で、取り立てて見るべきものは町にはなさそうだ。セブから約4時間の船旅だ。クーラーの効いた船内で居眠りしたため、風邪を引いてしまったようで寒気が止まらない。

 土曜日とあって、長距離移動者が多く、乗り合いハイヤーは12人定員のところ16人が乗り込んで出発。この町の北にあるBaybayという町までは以前来たことがあるが、ここ以南は初めてのエリアだ。滞在地Anahawanはここより約3時間半、その少し手前に例の地滑り災害の村St.Bernardがある。

 セブ島と比べても集落が少なく、国道を走る車両も圧倒的に少ない。ヤシの木が多いのは当然としても、広葉樹も多く、樹木の少ない禿山だらけのセブよりは断然緑が濃い。南レイテの地形的特長として海岸線が入り組んでいるため、景色に変化があって見飽きることが無い。また、島の東側は直接パシフィックオーシャンに面しているため、やや波が荒く、ビーチにも石ころが多い。マクタンあたりのビーチとはだいぶ趣が異なる。

  さて、Anahawan。町とは言っても賑やかなのは小さな魚の市場だけで、全く静か。A氏はクルマは30分に1度通る、と言っていたが、それも納得。滞在中はA氏の従兄弟M氏に厄介をかけることになっている。

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